『いつも通りじゃない日常は。』・・・4/5


作:星喰(hoshikui)


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 とうとうそれはぼくのあたまにまでつもりあがってきた。


 さいしょはつめたかったそれも、だんだんここちいいとおもえるようになった。


 ああ、もしかしたらぼくはこのままずっとねむってしまうのかもしれない。


 それもいいとおもって、ぼくはめをとじた。


 なにもないこのせかいで、ぼくがおきていたところで、きっとなにもおきない。


 もしもなにかあっても、もうどうでもいい。


 ずっとこのここちいいつめたさにつつまれるのなら、ぼくはもう――――






 ―――……さみしくない?





 さみしい。





 ―――え……さみしいは、……かなしいと、こわいがまざったきもちだよ。





 けっきょく、さみしい、はなんだったんだろう。


 ぼくにはわからない。もう、なにもわからない。



 そうおもったとき、ほおにつめたいそれがあたり……

 そしてすこしだけあたたかいみずのようななにかがほおをつたいそれをとかしていった。



 あとからあとからとまることなくそのなにかはほおにながれていく。



 なんだろうこれ。 てでふれたいけれど… 



もうそのてもそらからおちてくるそれにうもれて、うごかせなかった。


 もういいや。


 なにもかも、ぼくにはわからなかったんだ。 それでいい。



 めをとじる。 つめたさがかおにあたる。



 なにかがほおにながれている。 いたくない。





 もう、いたくない。










………。





「………」


 あれから泣き疲れた私は、思い出した記憶の断片を元に頭の中を整理していた。

—― この絵本は……"ウツシミ"だった頃の記憶を引き起こすもの。

 けどちゃんとあの世界の決まりを守って廻った人には効かないような 仕組みであることは読了後私にも分かった。

 その証拠に私は―――記憶を失わずに廻ってしまった"ウツシミ"だったからある程度のことを思い出してしまった。

 それに、私がウツシミだったからこそ残っていたあの世界での記憶の残滓が……夏休みに言われた"拒絶反応"のことや、子供の頃に引き起こしたあれが出てきてしまったん だろうってことも分かった。 

 …だけど全てを思い出したわけじゃない。 私もあの世界でそれなりの年月を過ごした"ウツシミ"だ。ある程度の記憶は失っていたし、もうあともう少しで自分も地上へ 再び廻ることになるんだろう―――

 ……少なくとも"あの人"に会うまではそう、思っていたのだから。


 ガチャ


 そこまで整理したところで部屋のドアが開く。…扉の向こうから静かに現れたのはあの子だった。


「……あの、お茶を持ってきました」

「………」


その子はベット脇にある机にお茶を置くと、近くにある椅子に腰かけた。……そのまま数分間どちらも喋らずに黙りこむ。

 けれどやがて、意を決したかのようにその子は私に向かってこう問いかけてきた。  


「……思い…出せましたか?」 

「っ…」


 その言葉に、私は肩を震わせる。

 …そう。私は"ウツシミ"だった。けれど死んだときの記憶は一切覚えてない。……いや、思い出せないというのが本当なのかもしれない。

 その証拠として、頭痛という警告が私の頭の中で何度も響いているんだから。


「少し、は……」


 視線を下に向け、短くそう返すと……さっきまで話していた先生のことが気になって私はその子に訊ねてみた。


「店主ならさっき用事で出ましたけど……」

「………」


用事。それは一体どんな用事なんだろう。…私に関わることなんだろうか。

そう考えるのとは別で、どこか私はほっとしていた。……こんなよく分からない状態であの人と顔を合わせるのが少し怖かったから。


「……ねえ」

「はい」


 私はもう一つ気になっていたことを訊ねることにした。 …今まで"ウツシミ"のことで頭が一杯一杯になっていた所為で聞けなかったこと。


「……八野先生はどうなったの…」

「…八野……?」

「私が倒れてた先に……もう1人男の人がいなかった…?」


 思い出すとまだ、気持ち悪さで吐き気がする。……あのとき、女性の向こうに見えたのは間違いなく八野先生だった。 大量の血液をその場に広げていって―――― 

 (……っ)

 絵本を受け取るまで……真実を知るまで、私は"それ"を目の錯覚だと思っていた。

 けど八野先生から広がるあの色は……間違いなく彼の身体に流れていただろう血液だ。…ただ彼から広がるその色は……私やその子と同じウツシミから流れる"それ"で。


 あんな風になったウツシミの末路…… それは二度と廻ることなく……記憶や身体の一部をバラバラに飛ばされ ―――永遠に、その状態から抜け出せずに彷徨い続ける。

 どんなに苦しがろうと、どんなに悲しがろうと、どんなに恋しがろうと――その身体はもう二度と同じところに戻ることはない。

 そして、さっきまで話してくれたその子のような役職を持った人たちの中には…… そんなバラバラになった状態の一部を回収し、処分する人もいて。

 だからこそ…あの世界では記憶を失うことが正しい、 決まりを守って次の廻りへ行くことは幸せなことなのだと…… 私はそういったことで処分されたウツシミ達を見て知っていた。

 (先生は……もう……)

 永遠に―――それこそ役職を持った人に見つかろうが処分されてしまうんだろう。 それを考えただけで悲しくて、怖かった。

 同時に…なんで先生がそんなことになってしまったのか、疑問も沸いてくる。

「いえ…貴方が倒れてた先にはもう誰もいませんでした」

「………」

「…もしかして、何かあったんですか」

「私の、学校の先生が…」

「………」

「私達と、似た、感じだったから……」

「………」

私の言葉を黙って聴いていたその子は、少し思案した様子を見せ……

「……まさか」

そして、何かに気付いたかのように短く言葉を吐いた。

「もしかして、それは…―――八野由紀也さんですか?」

「…え?」


 いつも苗字+先生で呼び慣れてる所為か聴き慣れてない下の名前に私は戸惑う。…なんとも返せずにいるのが答えと思ったのかその子はこう続ける。


「八野由紀也は……僕らの世界じゃ重罪人です」

「重罪…?」

「ええ。……彼は自身だけではなく別のウツシミと一緒に決まりを破り廻ってしまった…僕と同じ役職持ちだったんですよ」

「そう、だったんだ…」


 重罪人…自分だけじゃなく、誰かと一緒に……

 …先生には誰か、大事な人がいたんだろうか。だから……


「……おかしい」


 私が先生のことを考えていると、その子は低く呟いた。


「…あの、貴方は八野由紀也の……そういう場面に出くわしたんですよね?」


それに私が頷くと…彼はまた不可解だとばかりに声音を低くした。


「だったらなんで……」


 …そう言った直後、再び何かに気が付いたのか、その子は一瞬口を開くと…すぐに私の片手を取った。


「すぐにここから離れましょう」

「え、……な、なんで…?」

「…それは歩きながら説明します。早く」


 急くようなその口調に私はすぐにベットから降りて床に置かれていた靴を履いた。すると―――




 カツ、カツ…




 カーテンを閉めた窓の向こうから、何か叩くような音が響いてきた。


「…え?」

「っ…!走って!!」

「きゃあっ…」


 私はその子に引っ張られるまま部屋から飛び出した。長い階段を急いで下り、玄関のような大扉を開けると…… 



「…俺子供じゃないから追いかけっこする趣味ないんだけど」


軽い口調の男が右掌を私達の前に広げて立っていた。前にその子がいた所為で男の容姿が見えず、低い声がその子の前のほうから響いてきて思わず身体がびくついた。同時に私はその子にぐいっと手首を引かれ…一緒に左のほうへ倒れ込む。



 ガシャン!!



 …やけに金属質な音が響き渡ったことに驚いて私はさっきまで自分がいた場所へ目を向けた。すると…そこにあったのは数人入れる程大きな鳥籠で……

 

――が、しかし入り口部分が人の口のようになっていた。 


 それはガシャンガシャンと開閉を繰り返しながらまるで生き物のように動き出し――私達のほうへ向かってきた。ゆっくり観察するような間も無く、得体のしれないその何かが段々近付いてきて……けど私は身がすくんでしまってどうすることも出来なかった。

 

「ぃ……いやっ……っ!」


 動けずに悲鳴をあげる私の腕をその子がぎゅっと掴んで立ち上がらせる。


 「こっちです!」  


そう言い、そのまま私の腕を引いて逃げるように走っていく。私も死ぬ気であとについて走った。

 ぎこぎこと木製の廊下を走る音が高く響き渡り…それが私の不安を膨らませていく。


「ど、っこに……っいくの!?」


 走りながら私がそう聴くと、その子は振り返りもせずにこう答えた。


「とにかく……行けるところまで行きますっ!」

「な、何それ…っ!?どう…いうことっ!?」

「走ってれば…いずれ分かりますからっ!」


 そう会話する間にも後ろから金属のような音が聴こえてくる。…私はそれが怖くてただひたすらにその子と一緒に走り続けた。





 ………。





「はあっ………はあ……っ」


 ……どのくらい走ったんだろう。

 目が回って…息が止まりかけ……足が棒になるくらい走って……

 そして気が付いたときには私は床に倒れていた。

 …恐怖と疲れで出てきた汗が額からぽたぽたと落ちていく。


「ここ……まで来れば……」


 その子は私の近くで四つん這いになりながら息も絶え絶えにそう言うと後ろを見た。 ……誰もいないことにほっとしたのか一際大きく息を吐き出すと…私と同じくその子も床に倒れ込む。 


「ここ……どこ、なの……」


 走りながら浮かんだ疑問を私は口にした。ゆっくりと顔をそっちのほうに向け、返答を求める。 


「………」


 が、その子は呼吸を整えながらも首を横に振った。まだ少し待ったほうがいいのかと考え、口を閉じて待ってみたけれど……呼吸を整えても尚その子は黙ったままだった。

 …私はそれに痺れを切らすと、上半身を起こして再びその子に訊ねた。 


「ねえ、ここはどこ?」

「………」


 そうハッキリと聴くと、その子は視線を下へと向けつつも再び立ち上がる。


 「…もう少し、歩けますか?」


  ……けど私の問いには答えなかった。


「いや、そうじゃなくて。…ちょっと待って」

「………」

「……あの…ここって先生の家、なんだよね?」

「………」

「なんかすっごい走ったけど……同じ廊下ばっか続いてて……」

「………」

「す、こし前に先生の家にお邪魔したことがあるんだけどここまで広いとは思わなかった――!」 

「っ…」

「……?」


 息が途切れたような…… 一瞬、自分の周りの音全てが無音になったような違和感を覚え私が廊下の先へ向けた視線をその子へと戻すと―― 

 ……その子は静かな目で私を見つめていた。

 そして




「―――――」




 ………。




 …何かを、言ったんだと、思う。

 けれどその子が口を開いたその僅か数秒、私の耳は周りの音を全て掻き消した。

 ……その、たった数秒のことに再び額から冷や汗が流れ、腕と足が震えだす。


 「………」


 何か返そうと思っても私の口からは震えた息遣いしか出なくて。

 …さっきのことも、八野先生のことも、私はどっちも怖かった。けど、この数秒間に起きた出来事のほうがそれよりもずっと――

 ……何も聞こえないのがこんなにも……ぎゅっと心を締め付けられるくらい、怖い。

 まるで底の見えない穴に落ちていくような、不安定な感覚が心に襲いかかってくるようで。

 何も言わず黙りこんだ私に、その子は静かな口調で言った。


「……分かりましたか?  僕がここがどこか言ったところで貴方には何も伝わりません。―――だって、貴方は"まだ全て思い出してない"んですから」

「……」


 その声はちゃんと聞こえ…けどそのことにホッとしたのと同時に心の中ではさっきのことに対する気味の悪さだけが広がっていった。


「…それに、そんな風にこの店のことを貴方自身が避けるようなら思い出さないほうがいいのかもしれません」


 その子は薄く口角を持ち上げると、暗い空気を吹き飛ばすように笑んだ。


「…あの場所に戻るわけにもいきませんし、とにかくもう少し先へ進みましょう」


そう言って、そのまま私に背を向けて再び廊下の向こうへと歩き出してしまう。……私も無言でそれについていく。

 歩きながら、私は自分が一体何を忘れて何を恐れているのかそればかり考えて… まるでブランコにでも乗っているような心地に、さっき以上に不安に駆られた。

(これからどうなるんだろう……)

 掻き消すように別のことを考えてても先のことばかり気になって仕様がない…。いくら友達とホラー映画を…あれが作り物なんだと分かりながら見てるとはいえ……実際に鉄のようなその匂いと生身の身体から流れていくそれを目にすればあれが作り物じゃなくて……本当に、実際に目の前で起きている事態だと嫌でも分かる。

 そして………作り物じゃないと分かっていても、 私は実際に目にしたそれを「嘘」だと頭の中で何度も何度も繰り返してしまう。

 …違う、私は何も見ていない。

 きっとあれは先生じゃなくて……そう。先生に似てる俳優さんがドラマの撮影でやってたんだ。

 先生の周りにあったのも血糊で、あんな風に叫び声をあげた女の人も女優さんとかで。

 …ああ、でも血糊って緑のもあるんだなあ。初めて知っ……


「………」


 ――鉄臭い匂い。

 夜の所為か、余計に暗色がかった髪。

 先生の授業の度に目にしている服。

 そして先生の近くに落ちていた……彼がよく見につけていた眼鏡―――


「あれ……」


 そこで…ふっと頭の中に森のような光景が映った。

 けどそれは一瞬で。口から零れた私の声に付いていないのか、その子は私に振り向くことなく歩き続けていた。 数歩先から十歩くらい向こうにいるその子をゆっくり追いかけながらも私は今しがた抱えたこの気持ちに首を傾げた。


(なんだろ………なんか……)



 一瞬だけ―――すごく、悲しいと。どうしてなのか分からないけど、そう思ってしまった。  











 あれから約1時間くらい歩き、本格的に足が棒のようになりだした頃。 


「…あ、ありました。扉です!」

「え!?」


 ようやくここまで1つも見られなかった扉が現れた。

 それはなんてことない普通の扉で、私が最初に入った部屋と同じものにも見える。


「よ……よかった……」 


 ようやく見つけた扉に今まで不安だったのが嘘のように安心して身体から力が抜けた。 …そのまま廊下に崩れ落ちた私を見て、その子はわっと驚きながら私へ手を差し伸べてくる。


「だ、大丈夫ですか…っ?」


その手を取り立ち上がってから私は礼を言おうと口を開いた…と同時にとあることに気が付いて全く別のことを口に出してしまう。


「そうだ、名前……」

「?」

「いくらその……"ウツシミ"でも、名前くらいはあるでしょう?君の名前、教えてよ」

「あ……えっと…」


私が聴くと、その子は言い辛そうにしながら顔をしかめた。……あ、そうか。


「…ああ、先に聞いちゃってごめんね。私は―――」

「待ってください」


 名乗ろうとした私を止めながらもその子が私の口を手で塞いだ。

 いきなりのことに驚いて次の言葉も出せない状態の私を前にその子は静かに首を横に振ると、ゆっくりと口から手を退けながらこう続けた。


「…名前を告げればさっきの人に気付かれるかもしれません」


 …まさか。そう言おうとした私の声は再びその子の言葉によって遮られた。


「さっきも言いましたが、僕のような役職持ちの"ウツシミ"の中には役職を持たない他の"ウツシミ"を監視する役割の人達がいます。……中には自らの名前を発しただけで居場所を特定できる耳の良い役職持ちがいたりしますので…」

「で、でもさっきウツシミは空の向こうにいるって……ここまで離れてたら」


 私が距離的な問題を出すと、その子はまたも首を横に振った。


「……関係なくなるんです。そういうのが。…特に生前耳が良かった人は、嫌なくらい色々聴こえたりするそうですから」


 そう言って寂しそうな目をしながらもその子は…やっぱり名前がないのは不便ですよねと小さく笑う。


「じゃあ僕のことはレンと呼んでください」

「レン?」

「はい」

「……あの」

「貴方の名前を僕は知ってます。……けど、もう少しだけ貴方呼びで許してください」

「………分かった」


渋々頷くと、その子は礼を言い今しがた見つけた扉の取っ手を握った。


「…貴方はきっと初めてだと思うので、手を貸してもらっていいですか?」

「初めて?」

「………。この先は今いるところとは別の場所になります。……それに、一回で僕が行きたいところに行けるとは限らない」


 だからと言って私に手を差しだしその子は……レンは続けた。  


「きっと、貴方にはたくさん負担をかけます。せめて手ぐらいは握らせてください」


 ――"負担"

 ……その言葉を聴いて、私は今まで自らの身に起こった二つの出来事を思い出す。…どちらも、自分の体の自由が利かなくなったことを。


「……」


 正直…怖い。あんな目に遭った今そんな風に言われたら… レンについていくことも、その手を取ることすら出来るわけがない。


「約束します。僕は貴方がどうなろうとも、ちゃんと貴方のことを助けてここに再び戻ると。……どうか、お願いします」


 けど戻ればまたあの気持ち悪いものや、あの男の人に出くわすかもしれない。……それにここまでの疲れもあってあまり進退のことが考えられない。 …今は一刻も早くどこかで休みたい気持ちでいっぱいだった。

 だから私はその手に自分の手を重ね、レンと一緒に扉の先へ進んだ――

 …一歩その空間に足を踏み入れ、隣に立っているレンを横目で見つつ… 先に進む前に私は名前と同じくらい気になったことを訊ねてみた。

「…あのさ、聴いてもいい?」

「はい」

「レンが助けたい人って、誰なの?」

「………」

「…もしかしてその人もウツ……」

「—―僕が」


ウツシミじゃないか、という私の言葉に重ねレンは言う。


「僕が助けたいと思ってる、人は……」


 今でも私の心の隅に残っている人の名前を―――


「薬利、華那という人です」


 そうレンが言い終える前に空間の先から私達のほうまで光が迫ってきて、視界一杯に広がるそれを全身に浴びると―――また、視界は暗転しだした。  










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