『いつも通りじゃない日常は。』・・・5/5

 作:星喰(hoshikui)

らくがき:☯銘々(meimei)

 

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「……っ」


 …目覚めて最初に感じたのは"痛み"だった。

 頭のどこかを針で刺されたようなそれに違和感を感じつつ、 私は周りがどうなっているのか確認する。

「…?」


 "県立秋涼高校" 目の前にあった校門の脇に、その六文字が並べられている。それを目にした途端…急にめまいのような立ちくらみに襲われ、顔を覆った。

 貧血のときのような……目の前の全てが歪んでいくような その感覚に一瞬気を失いかけたとき。


 ドスッ


 突然何かにぶつかった衝撃でぐらっと視界がまた揺れた。そう思ったのも一瞬で…すぐに視界は急降下していき……身体の力が抜けたこともあって私は地面にへたれこんでしまった。


「慶介くん、待て!!」

「……っ」


 その低い声音にゆっくりと顔をあげると… 少し背の高い……多分さっきの声の主である男の人とその後ろからゆっくり走ってくる女の人が見える。

 男の人は私に気付かなかったのかすぐに私の前を横切っていってしまった。…けれど遅れてやってきた女の人は私に気付くと、心配そうに私を見下ろし


「……だ、……大丈夫、ですか?」

 

そう声をかけられたと同時に自分がずっとへたれこんだままの状態なのに気付いた。さっと立ち上がって、服とスカートのしわを伸ばすと私はすぐに顔をあげて愛想笑いを浮かべた。 


「すみません、大丈夫です」

「………」


 彼女はまだ少し心配そうに私を見ていたけれど…すぐ私に頭を下げ、さっきの男の人が走り去ったほうへと向かっていった。 


「……」 


 なんとなしにその背中を見送りながら、私は横目で改めて校門を……その学校名を見た。


(秋涼………ってことは秋涼市?なんで私……こんなところに…) 


 秋涼市は私の住んでいる清藤市から5駅先にある比較的清藤市よりも少し人口が多く街自体も広いところだ。

 とはいえ私は清藤市以外に友達も知り合いも親戚もいない。あ…いや1人いるにはいるけれど……兄はここより2つ前の草蝶市にいるはずだ。

 確か草蝶市にある大学の……心理学科に通っていて、家もあっちで借りて一人暮らしなはず……なんだろうけど……だからといって草蝶市にいる兄が秋涼市に来ていることがあるんだろうか。

 それにこの時期ならまだ学校に通っていて、且つバイトもしていることだろう。…………まあ、女遊びの為にここに来ている可能性が無いわけではないんだけど。


(……岳兄ならやりかねない……)


 …我が兄ながら女の子ばかりと遊んでいることだけは本当に情けなく思う。

 ……とりあえず、一旦兄のことは忘れよう。もし会ったらそのときはそのときだ。無視しておけばいい。

 兄のことよりも……一緒にここに来ているだろう人を探さないと。


「レンは…」


 名前を呟き、周りを見渡すもこの場には私以外誰一人としていなかった。


「どこに……」


 (まさか家に帰ったり……してないよね?)

 …よく分からない状況の中一人取り残されてることに少し不安になる。けれど私はそれを吹き飛ばすように顔を横に振った。

 きっとどこかにいるはず。それに……私にお願いしてきたレンのことだ。もしかしたら私のことを探してくれてるのかもしれない。

 …なら、私もいつまでもこの場にいるわけにはいかない。ここが秋涼市ならどこかに秋涼駅があるはず。…まずあの子を探すにしろ私はあまり秋涼市内に詳しくない。 だから駅にある地図でも見て一度どこを探そうか考えようと思ったんだけど……

(………………駅どこ)

 あの場から離れ、歩きながらきょろきょろとあたりを見渡すも、駅らしい場所が見当たなくて私は少し肩を落とした。目の前には道路。それを挟んだ向こう側には神社らしき場所がある。

(神主さんとか……いたりするかな…)

 もうこの際助けてくれるなら誰だっていいと思いつつ私は信号を渡り、その境内へと入った。どんよりした空が広がっていて、今にも雪が降りそうなほど冷たい風が容赦なく身体中を通り過ぎる。

(…わ……、少し寒いな…)

 ここに来るまで逃げ続けていたこともあってか上着は何も着ていない。季節上、下に一枚着てはいるけど………それでもすごく寒い。

 (11月でこんなに冷えるなんて……)

 まるで氷のような冷たさだ。私のいた清藤市じゃまだ秋と春を感じるくらいの気候だったのに。 


「―――……お前…」

「え…」


 聞き覚えのあるその幼い声に驚いて、後ろを振り向くとそこには――

 あかが……あのときと同じ袴姿(格好)で立っていた。


「あか!?」

「……」


 私と同様に少し驚いた様子のあかに私は近づいて話しかける。


「どうしてここに…」

「……どうして、は我の台詞じゃ。なんでここにおる」

「……それは…」


 ――…お前は今"とある人間の繰り返しの中におる"――


 そういえば……あのときもあかはわけのわからないことを言っていた。だとするなら、もしかしたらこの状況に置かれた私達を助けてくれるかもしれない。

 …そうでなくても、あかからはあのときのことで聞きたいことがたくさんあった。


「実は……」


 だから私は今までに起こったことを全てあかに話した。時折目を細めたり相槌を打たれたりしつつも全てを聴き終えた途端、 あかは一息ついて


「……ああ。もう見つかったのかあいつらに」


 と、忘れていたことを思い出したかのような声音でそう言った。


「あいつら……って、知ってるの?」

「知ってるも何も……」


 そこであかは一度言葉を途切れさせた。これ以上は話す気はないようなその切り方に前に話を止められていたことを 思い出す。

 私は自然と身を乗り出すようにしてあかに続きを促した。 けど…


「………懐かしい匂いがしたからあいつに代わってもらったっていうんに…」

「…あいつ?」

「……駅に向かうんじゃろ。案内するからついてこい」


 あかは私の問いを無視して一方的に会話を切るとさっさと先を歩いていく。 


「あ、ちょっと待って!話はまだ終わってないんだから!」


 私は何度呼んでも聴いてくれないあかに置いていかれないようにその後を追うしかなかった。



 ………。




「ねえあか」

「………」

「あかってば」

「………」

「っ……」

「………」


 こうした問答を十数回繰り返しながら私とあかは駅があるだろう方向に向かって歩道を歩いていた。


「……あのさ」


 …もう呼び声に気付かれなくてもいいかと思い、独り言のように私は呟く。


「…ここに私と一緒に来た、レンって子が言ってたんだけど……」

「………」

「……"自分の大切な人の友達を助けてほしい"、って。……どういうことなんだろ…」

「………」

「ふ、普通……大切な人、だったら分かるんだけど」

「………」

「友達って………ていうかそれ一体だれ…」

「………」

「………」


 ……流石に周りに誰もいないとはいえ…ずっと独り言を喋り続けるのにも限界があった。

(な……なんか……もう…)

 横から吹いてくる風と共に消えたいくらい恥ずかしくなって私は俯いた。

(そういや……さっきから少し頭がぐらぐらする……)


「……そやつがお前を頼ってきたのなら」

「え?」


 ようやくあかが喋ってくれたことに驚いて横顔を覗き見ると…あかは何でもないような顔をしてこう続けた。 


「少なくともお前に関係する人物なんじゃろう。……どういった形かは知らんが」

「…私、に――?」

「言っておくが我は駅案内以上の協力はせんぞ」


 あかは私が言い終えるよりも先にそう強く告げた。


「……」


 …早くも初めに考えていたことが打ち砕かれてしまった。けれど私はこれを好機と考え、さっと頭の中を切り替えると別の疑問をあかへとぶつけた。


「……ねえ、あかはさこの間"とある人間の繰り返しの中にいる"って言ってたでしょう?」

「………」

「あのときは話が早い上に分からないこととかもその中に色々あったから……お願い。もう一度それがどういうことなのか聴かせて」

「………」

「あか」

「………」


「…"思い出せば"いいだろう?」


「……え?」


 …その、あかとは思えないほど低い声色に……私は驚いて一歩後ずさった。どくん、と心音が一際高く鳴る。


「お前自身が"ウツシミ"であること。そして決まりを破って廻ってきたことはもう"思い出した"んだろう?」

「それ…は……」


 あかからの問いに、私は何も言葉が見つからなかった。

 だって私には……どうしてその決まりを破ったのかも、自分がウツシミとしてどうやって過ごしていたのか、その記憶自体が――まだ思い出せてなかったから。

 それに私が記憶を失くした直後に、あの人と出会って―――

(……あのひと?)

 あの人、…そうだ、あの人……

…紙の端を破るような小さな痛みが頭に走る。

 ……その端切れに見えたのは……黒い長髪の女性。

(……………だれ?)

 けれど後姿しか映っていないから誰なのかも分からない。

 …びりびりと、痛みが強くなっていく。

 まるでそれが思い出すなと言われてるような気がして、私は落ち着くように息を一つすると――  


「…思い出せもせん記憶を穿り返したところで何になる。現にお前は思い出したくないんだろう?」 

「……」


 その言葉に、まだどくんと心音が高く鳴った。

 ……思い出したくない。

(……そうなのかな……私は……私は思い出したくないと思ってるの…?)

 自分のことなのに自分がどうしたいのかが分からなかった。

 思い出せないこの妙な気持ち悪さを取り払いたいと思う反面、思い出したらどうなるか…そんな不安感が今抱えてるこの気持ち悪さを上回っていくようで…。 


「今の答え方がその証拠だ。……分かったのならもう聴くな」


 そう言ってあかは再び先を歩き出した。私のことなんて置いていくかのような早足でさっさと歩道の向こう側へと消えていってしまう。

 案内してくれるんだから、途中で待っててくれてもいいのに。けど、私も彼女の後ろを追えなかった。…追わないといけないと頭で分かっていても……足が竦んでしまって、動けなかった。


「……っ…」


 怖い。

(怖、かった…)

 ここに来たときと同じように地面に膝をつく。…不安と、意味の分からなさに頭痛がずきずき響きだした。


「……なん……っなの…」


 ぎゅうっと肩を抱いて不安を抑え込もうとするけど……それでも、やっぱり怖くて。 そして……思い出さない気持ち悪さが余計に恐怖心を掻きまわした。


「思い出せない……って、何……私は何を忘れているの……?なんで……なんでこんなに」


 ――思い出すことが怖いのか。
 …そんな言葉が頭の中にすとんと納まる。…私は肩を抱く手に力を入れ、恐怖心を和らげようとその場に蹲った。


 まるで丸めた紙が1つそこにあるのに、どうしてもそれを取れない。そんな感覚が酷くもどかしくて、喉の奥がきゅっと締まるのを私は感じていた。 








 案内すると言っていた張本人を探し始めたのはそれから十数分経ってからだった。

 先に歩いて行ってしまった姿は周りのどこにもなく、私はずっと歩道を歩き続けている。途中で曲がろうかとも考えたけど……夜に近いこの時間で灯りのないところを歩くのは流石に気が引けた。

 …私は棒のようになった足を休ませる為にも歩いた先にあった商店街のベンチに腰かけ、一休みすることにした。

(レンを探していたのにあかまで探さなきゃいけないなんて……)

いや、駅がどこにあるか分かれば別にあかを探す必要もないかもしれないけど…それでもあんなに小さい子を夜が近いこの中で1人にさせておくのは先生に対して悪い気がした。親戚の子が夜道を出歩いている、なんて先生だって心配するに違いない。

(まあ………もしかしたら家に帰ってるのかもしれないけど……)


「……」


 冷静になった頭でそう思ったけど……。さっきのことを考えるとやっぱり怖いし、まだ見つかってないことになんとなくホッとしてる自分がいるのも本当で…。


「はあ……」


(なんか……もう色々考えるの疲れたな…)

(……私一体何やってるんだろ…)


 私はここまでの疲れを吐きだし、空を見る。すると


「?!」


 ぬわっとした熱気を顔全体に浴びながら、その大きなトナカイの着ぐるみが私の前に突っ立っていた。


「……ぇ、えっと」


 ……着ぐるみだから仕方ないんだろうけど… どこか微妙に腹立つような顔が眼前にあることや、その着ぐるみの大きさに若干戸惑ってしまう。


「あの……何か」

「 /三ササッ 」

「!?」


 私が着ぐるみにたいして声を掛けた瞬時、着ぐるみはサッとした動作で背中から何かを取り出した。

 (…隠してたのかな?)

 それは何枚かに綴られた画用紙とマジックペンで、着ぐるみはそれに何かを書きはじめた。そして数秒もしないうちにさっと目の前に画用紙を突きつけられる。


" もしかして迷子? " 


「……ぇ」


" その制服ここじゃ見かけないから " 


" 確か、清藤のじゃないか? "

 

「………」


…続けて書かれたその言葉にほんの少し心が軽くなって、私はゆっくり頷いた。


「…よく、分かりましたね……」


 着ぐるみのその重そうな頭が横に傾く。…その動きに私は小さく笑った。


「清藤、って」


 スカートだけが指定だから気付かれるのも仕方ないかもしれないけれど――それでもここは秋涼市。

 清藤からは5駅も離れたところでこのスカートの指定が清藤のものだと分かる人…(?)がいるとは思わなかった。


" たまに生徒会のことでそこに行ったりするから "


「生徒会……」


 …その何気なさそうな言葉に私はある人を思い浮かべた。

 あの夏の日、私を助けてくれたあの人―――

(……今どうしてるんだろう)

 私は気になってあのあと探してみたけれどもう既に転校したって聞いて…どうにもならなかった。

 どこに転校したかを聞けば転校のこと自体誰も知らなかったみたいで…。それが彼女の希望だったのか、結局どの先生も彼女がどこに転校したのか教えてくれなかった。


" ちょっと待ってて "


 そんな風に私が彼女のことを思い返していると…着ぐるみが再びそう書き見せ、私の手に小さなクッキーの包みを置いた。そして少し先…ここから斜め前のところにある八百屋さんのところへと入っていく。

(ん、八百屋……?)

 …目を擦ってみる。八百屋とトナカイ(の着ぐるみ)というイメージがあまり結びつかなくてその八百屋を数秒凝視していると……八百屋の隣にある少し洒落たお店から再び着ぐるみが出てきた。

(…あ、やっぱりそうだよね)

 きっとさっきのは目の錯覚だったんだろうと思い、再び小走りで私のところへ向かってくる着ぐるみを笑いながら迎えた。 


「あの、ありがとう…これ」


私がそう言ってクッキーの包みを見せると着ぐるみは手を…(トナカイだから足と言ったほうが正しいのかもしれないけど) 横に振った。


" 駅まで送るよ "


「え……いいの?」


 着ぐるみはうな…… 多分頷こうとしたんだろう。けれど頭が中々下がらないらしく…両手を上げ……ようにも短い腕じゃ円も作れなかったけれど…それで着ぐるみが言いたいことを大体掴めた私は立ち上がって頭を下げた。


「ありがとう。案内お願いします」


" 任されました "


 私はそう書き見せた着ぐるみの後に続いて歩き出す。

いつの間にか空は晴れ、星まで見えてきて…私の心はさっきよりも幾分か軽いものになっていた。 




 ………。





 駅まで案内してもらっている途中、着ぐるみのままで大丈夫かと訊ねる私にその人は"慣れてるし今寒いから"と返した。


" 君こそその恰好じゃ寒いだろう。これでもかけてるといい "


 着ぐるみは上にかかっていたマフラーを取って私の肩にかける。


「あ、ありがとう…ございます」


 礼を言ってからその大きなマフラーを胸の前で交差させて首元へ巻きつける。着ぐるみに訊ねるまで忘れてたけど…やっぱり寒かった。

(………、手首が凍りそうなほど冷たくなってるのにも気付かないなんて…)

 私はマフラーをぎゅっと握ると、着ぐるみの後についていった。


 ……。


 それから十数分後。ようやく駅が見え始めてきて―――…歩きながらも私は安心したように息を吐いた。その後で私が倒れてからどのくらいの時間が経ったのかも気になった。

 私が今11月の何日なのか着ぐるみに訊ねると少し間を置いて 


 " 今日は12/27だけど… "


 と書いた画用紙を私に見せた。


「……」


 日付を見た瞬間、私は絶句した。少なくとも私が倒れたときは11月の2日だった。

 それが今は1ヵ月も過ぎて…?

(どうしよう……)

 1ヵ月もいないんじゃ、きっと家族は皆心配することだろう。

(まさか私まで千登勢の二の舞になるなんて……)

 …いや、今帰れば二の舞にならずに済む。とにかく私は歩き疲れた足に鞭打って早足で着ぐるみさんの隣へと急いだ。

 …私のその態度をどうとったのかは分からなかったけど、 着ぐるみは私に合わせて少しだけ歩調を早めてくれた。 …そして、駅を目前にしたとき。 

「…あっ!」

 見知った姿が私の視界に映りこんだ。逸る鼓動と共にその姿のあるほうへ走って向かいながら、私は後ろを振り返る。


「ありがとう!ここまでで大丈夫っ!」


 大きな声でそう言うと着ぐるみは手を振って私を見送ってくれた。

私はそれに1回手を振り返すと、またあの姿を見失わないように全速力で走った。



「…待ってっ!」



 大晦日だからか、特に人の出入りの多い電車のホーム内を走るのは少しキツい。人にぶつかりながらも走って、呼び止めて……なんとかその肩を掴んだときだった。


「…っえ……?」


 すか、っと。

 まるでそこには元から何もなかったように……その肩が、消えた。

 ようやく見つけたその姿も…… そして―――さっきまで私の周りにいた大勢の人も。

 ……気が付いたときには、誰もいなくなっていて。


「……」


 …私はその不気味さにその場で固まった。しん、と静まりきったホーム内で冷たい息を一つ吐く。

「……っ!」

 どこかでマフラーを落としたのか首のところがすごく冷えているのに気付き、私はぶるっと肩を震わせた。視線を周りへ向けながら本当に誰もいないことを再確認すると…私は近くの壁の前に置かれていた椅子に向かい、そこへゆっくりと腰かける。

 それから手を握り肩を抱いて寒さを凌ぎつつ私はなんとなく目の前の景色を眺めた。


「………」


 ……誰もいないこの状況はどこか異質で…… でも……私はどこかこの静けさを懐かく感じた。

 それから、一旦自分の状況を整理しようと私は目を閉じる。

 ――私は一度、死んだ。ただ"死んだ"ということだけが強く頭に残っていて、……だから、それだけは認識として知っていた。

 けど、そのときの記憶も痛みも忘れてしまったから、自分がいつどこでどうやって死んだのかも、それまで何をしていたのかも分からない。


「………」


 ……自分の息の音以外、何の音も聴こえないホーム内はすごく静かだ。

 …そうだ。……確か私が過ごしていたあの場所も酷く静かで―――


「…っ……」


 その感覚を手繰り寄せようとすると、同時にまたずぎずぎと頭痛がしだした。


 ―――お前自身が"ウツシミ"であること。そして決まりを破って廻ってきたことはもう"思い出した"んだろう?


(……そう。私はあの世界の決まりを守って……記憶を失くした後に廻ろうと――)



 …痛みが段々と強くなっていく。すぐに頭を押さえるのにも限界がきて、私は床へと崩れ落ちた。

 床の冷たさを身に感じながら何度も何度も覚えのない隙間くらいの映像が頭に流れる。

 誰かがいて、自分がいて、色しか見えなくなって、何も無くなって―――

 気が付いたときには、誰もいない静かな、ところで。  


 (私は……――――――――――――――) 





………。






 空を、見ようと思った。

 けれど私の視界は全て緑に染められていて…空に浮かんではずの雲も、青も、何も見えない。

 唯一、緑だけが私を包み込むようにそこにあった。

 いや…包み込む、なんていうのは少し優し過ぎる表現だったのかもしれない。

 そう……まるで私はその緑に支配されているようだった。頭上に広がる青の一点すら見させまいとする"緑"。

 …私はいつもその緑を見つめる度に胸が苦しかった。まるでそれが自らの想いのようにも見えたから。

 徐々に失われていく記憶が、私を苛(さいな)んでいるんだと。

 楽しかった思い出も…悲しかった思い出も…さらさらと砂のように流れてはゆらゆらと揺らぐ眠りの底へと沈んでいってしまう。

 海の底へと潜り込む力も出てこず記憶を―――自分を、失くしていく。

 目を開いて最初に見た光景が自分に与えられた一番の記憶の始まりであり、同時に終わりでもあった。

 それを繰り返していると…次第に一日しか記憶を保てなくなった"自分"というものでさえなんなのか分からなくなっていく。


 私は、なんだ?


 ここはどこだ?


 何故ここにいる?


 息をしている?


 緑しかない。


 緑、とは?


 ざらざらしている。


 ざらざら?


 ざらざら、ってなんだ。


 …………。


 …………。


 …………。



 音も、何もない。 あるのは光だけ。

 誰もいない。それは本当に静かで、全く何もなく。

 …元は何かあった場所なのかもしれない。けれど何も無くなった"自分"にはそれを考えることすら出来なくて。次第に疑問さえも無くなっていった。

 声もでない。声というものがなんだったのかも分からなくなっていく。目を開くことも億劫に感じた。 そう思って目を閉じると……もう目を開くことが出来なくなって。


 本当に、何もなくなった。


 考えることも感じることも見ることも吐き出すことも身体を動かすことも息をすることも…人間が出来ることの全てを、失くしていく――






「…こんにちは」





 微かな音が耳に届く。

 それはどこか遠い昔に聴いたかのような、懐かしい音。

 音は続ける。


「聴覚はまだ機能してるみたいでよかった。お前に話があるからそのまま聴いといて」


 「そのままだとお前はすぐにでも次の廻りに向かうだろう。どうやらお前もそれを望んでいるようだから、最後に一つだけ教えておく」

 

「――次の廻りに向かったところでお前が別の人格として生きることは不可能だ」


 その音に、私はゆっくりと目を開ける。

 視界に映りこんだ長髪の女性に…私はどうしてと掠れた声で問いかけた。


「…なんだ。思考も口も動くのか。なら」


 そう言うと彼女は私の目の前まで来ると急に頬を抓りだした。じわじわと顔に走っていく痛みに、ゆっくりと両手を動かして彼女の腕を離そうと試みるも……力が無い所為か手を挙げた瞬間すぐに両手共に降りてしまった。


「痛覚も視界も働いてるようで何より」


 私の手が降りるのと同時に彼女は頬から手を離した。そして彼女は覗き込むかのように私の瞳を見つめるとこう続ける。


「で、どう。お前はもう本当の意味で無になりたいと思ってるのか?」

「………」


 さっきからお前お前と呼ばれているけれど…私とこの女性は友人でもなければ知り合いでも何でもない。だから私はそう何度もお前お前と言うなと抗議しようとした。

 けれど………私は私にあったはずの"名前"が分からない。当然だ…今の私は記憶を失いかけてる状態なのだから。もしも記憶を維持していた頃の友人もしくは知人だと言われたら私にはどうしようもない。

 それに…もしそう抗議したとしてもお返しにと名を問われれて何か返答出来るわけもなく…そうなってしまえば私はこの現状を把握しきれていない馬鹿な人間だと憐れみの視線を受けるに違いない。

 …だから私は黙って女性が続ける言葉に耳を傾けることに決めた。思考が戻ってきた今なら考えることくらいは出来る。

 それに…相手からの問いにすぐに答えを出してしまうのは考え無しのすることだ。突然現れて"無になりたい"なんて言われて"はいそうです"と返す光景はどこからどうみてもおかしい。……というか彼女自体一体何者か分からないのに簡単に答えるのも、


「……つまらない」


 …そこまで考えていると、突然低い声が上から響いてきた。


「やっぱり記憶なくなってるから相手にし辛いな…」


 続けて言われたそれが彼女のものだと気付き顔をあげると… 彼女は小さく息を吐いていた。


「………」


 彼女は顔を上げた私を無言で見つめると、今度は大きく息を吐いた。それから腕を伸ばしているところを見るにさっきのは欠伸だろう。それで、私は何か言われるのかと思って黙っていたけれど……彼女は目を逸らし、特に何も言わなかった。

  …少なくともさっきの問いに答えないとこの沈黙は途切れなさそうだ。結局、私は考えらしい考えも纏まらないまま口を開けるしかなく。


「……もう私はその通りの状態だと思う」

「……」

「今更何を得る必要があるの。さっきの貴方の言い方だと、まるで無になるのが悪いことのように聴こえる。…どうして、貴方はこのまま"私"が無くなることを止めようとするの」 

「……………自分の為だよ」

「なんで私のことを貴方が気にするの」

「……反対に聞くけど、お前は私がなんで自分を気にするのかそんなに知りたいのか?」

「別に」

「そう。じゃあこれ以上は問うな。……お前が失くしたんだ、そういう答えの数々を。だから私のことが知りたければ勝手に痛い思いをしてでも思い出せ」

「嫌だ」

「だろうな。記憶の修復をしようものなら激痛は避けられない。諦めて…」

「――廻ることなら既に諦めてる」

「………」

「ううん、そうじゃなくて………言葉が出てこない…」 

「………」

「……まかせて…そう、正確には流れに身を任せてる。廻りとか、そういうのは正直どうでもいい」 

「………」

「だから貴方が話す前に何も考えないでいようとしてたのに。邪魔された」

「…思考でも放棄してるとこだったのか?」

「違う。意識を捨てるところだった」

「………」

「…もういい?これ以上何にも考えたくないの。疲れたから」

「…………………くくっ……」

「?」

「…昔はあんなにしつこく生を求めたお前が今度は無になろうとしてるのか」

「せい…って………」

「正義でも性別でもない"生きること"に対する"生"さ」


 女性のその笑い声に頭のどこかで引っ掛かりを感じた。

 …私はどこかで、この人に"生"を求めていた――――?


「あんなに生きることに貪欲だったのになあ。…でも、これはこれで面白い」


 そう言うと女性は私に近づき、首元に両手を添え―― 


「じゃあ本当に意識も何も無くしてやろうか」


 「っ……」

「元々お前の生を伸ばしたのは私だ。それを切る親切心くらい今の私にも残っている」





 "だら×が×、お前が今こで終わらせたいのら私が―――" 




  「!!」


 息苦しさに目を覚ますと目の前を歩くたくさんの人の姿が見えた。

 ざわざわしてて…… ざわざわ? 


「………」


 眼前に広った光景がどういう状態なのか頭で理解するのと同時に片腕を握った。

(…さっきまで、誰もいなかったのに)

  もしかしたら本当にもう夢なんじゃないかと視線を横に向ける。そこには秋涼駅と大きく書かれた看板が置かれていた。…さっきまであったことが夢じゃないのだと知ると、どっと疲れが肩の上へ圧し掛かった。

(夢……に、出てきた人……)

 霧に囲まれたかのように内容はぼやけてるんだけど…………あの女性には見覚えがあった。

 ううん、見覚えどころか……これまでもずっと関わってきた。


「冠奈川、先生……」


 自分がそういう存在だったことを思い出した直後に感じたほんの僅かな違和感――それは"冠奈川先生"だった。

 どうして彼女がウツシミの世界にいたのか。…本来ならここにいるべき存在なのに。

 そして私はなんであのとき――廻ってしまったのか。

 こんなことになった原因は全てあの人と…そして私の失くした記憶しか分からない。

(分からないことがどんどん山積みになってる気がする)

 頭が痛い。

 私が 両手で顔を覆いながら考えに疲れて息吐いたときだった。


 (――――…あれ)


 顔を覆っていた指の隙間から女子高生らしき制服が見える。

 ゆっくりと片手をどけてみると……そこには二人の女の子がいた。

 何か話してるみたいだけど…。

(なんだろ………)

 よく分からないけど……なんだか嫌な予感がした。普通に話していそうなのに…そうじゃない雰囲気が、どこかあって。

 それに二人がいる場所は電車の、一番最初に来るだろう、扉の……近くで――― 


 「っ…」


 そう―――軽く背中を押せばすぐに車線に落ちそうなほど近い、その位置。


 すぐに私はベンチから立ち上がって彼女たちのほうへ走り出した。…一歩一歩彼女らに近付く度、昔華那姉が電車の事故で亡くなったことを思い出す。

 ……もしかしたら気の所為かもしれない。 ほら…よく漫画である屋上からの飛び降りとか、そういうので勘違いする感じのあるあるなパターンなのかもしれない。……けど、そう思いながらも私の足は止まらなかった。


  何故なら――二人のうちの一人が線路へ振り返っているその子の後ろに立っていて、自らの両手を彼女の背中へと向けていたから。


 同時に遠くから鳴り響いてくる電車の音にホーム内はまたざわめきだした。


 ああ、今来ちゃ駄目だ。


 前にいるぼーっと突っ立ってるような人たちを押しのける度に肩や肘や足がじんわりと痛んだけれど、気にしていられなかった。あと大きく数歩いけば間に合う。

(ギリギリでも腕を取れば、まだ…っ)


 そう思ったときだった。

 突然目の前が真っ黒になり、強い衝撃と共に私の身体は斜め後ろへと突き飛ばされる。


「どけ、ガキ!!」

「――ぅあ…っ!?」


 尻餅ついたところを軽く擦ると遠くから"誰かあの人捕まえてー"という声が聴こえ―――

 ……そして再び目を開いた先では、彼女はもう背中を押される寸前にまで至っていた。


「っ…!!」


 それに息を吞んだ私はすぐに立ち上がって、疲れた足を必死に働かせた。同時に背を押す一人の姿と突然背を押されて目を見開いたもう一人の姿が視界に映りこむ。


「どいてっ!!」

「きゃあっ!!」


 私は背を押した女の子を体当たりで押しのけると、車線に落ちそうなもう一人の子の腕に必死に手を伸ばした。



(届け、届け、届け、届け、届け―――届いて!お願いだから届いてっ!!)



 どくんどくんと激しく心音が心臓の中でぶつかりあい、五月蠅く鳴り響いている。頭がぐらぐらして、今にも息が切れそうだった。私はこれでもかってくらい腕を伸ばす。

 …必死に腕を伸ばしながら、ああ、もうこれ千切れるんじゃないかって考えて、すごく怖かった。

 けど、ここで私が諦めたら後に広がる光景がどれほど凄惨なものになるのかくらいは想像がつく。……そんなのはもう見たくないし、そんな風になると知っていながらここで諦めて後々嫌に記憶に残るのもまた怖かった。


 とにかく今私がここで諦め(止まっ)たら何もかもが恐ろしい事態(こと)になる。その恐怖だけが今の私を突き動かしていた。







 ……。







 何かに触れた気がしてぎゅうっと握る。…布地の中にある腕の感触がそこにはあった。

 そして二、三歩前で広がっていく轟音を耳にしながらゆっくりと目を開けると…私の手は………………






しっかり彼女と、彼女の腕を捕まえていた。 




「よかっ」



 安堵して顔を上げた瞬間、その子を見て私は――― 



「華那、ねえ……?」


 色が違う。

 目も違う。

 髪の長さも、


「っ……」


 私を見て一瞬息を詰まらせた、その息遣いから聴こえる音も、違う。 


 違う。


 私が知っている、人じゃない。


 ううん、これは私が知っている、人だ。


 いや、違う。


 ううん、本当。


 違う。


 知ってる。


 知ってる。


 違う。











 " 忘れていただけでしょう? "




「あああ……ああ……っ」



 目の前が、滲んで、歪んで。 混ざり合って、 形を作って その言葉を吐きだす。

 ……私の心の底に埋まっていたその言葉を。



 色(感情)に支配された悲しい存在――― 



「ああああああああああああああああぁぁあぁああああああ!!!!」



 「違う!違う違う違うがっ…違う…違う違う違う違う……っ!!」



 「ぅ……ぁっ……ああっ……ぁぁああああああああああ!!!」 


「ああ……っうええっ……ちが……ぅあ……ちが……!!」


 じりじりと、まるで迫ってくるかのように目の前が明滅しだす。



 赤色、黒、緑、黄色、橙、白、青、紫、桃、黄緑、茶、白、黒、黒、黒 赤、赤赤、赤、紫、黄色、黒、黒、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤 ―――――――――――――

―――緑 


「はあっ……ひっ……ひぃ…っ………ひー……っ」


 必死に酸素を求めたけれど、喉の奥が冷たくて痛い。息をすることすら嫌になる。



「ぅぁあぁあああああああああああああああああっ!!」



 その上苦しさよりも上回る感情が私を叫ばせるのだからもう死ぬんだと思った。



—――ドカッ



 ……それでも私が生きていられたのはこの直後にお腹に受けた痛みのお蔭だろう。


 さあ、もう考えることを止めよう。

 感情が生まれてしまう。





 そこで、ぷつんと私の意識は途切れた―――     







   『いつも通りじゃない日常は。』 ・・・  END 





 NEXT ・・・ 『いつも通りを望んだあの子の日常は。





*この物語はフィクションです*
作中に出てくる人物や名称等は架空のものであり、
実在の団体や組織、事象とは一切関係ありません。
また、特定の思想や行動を推奨するものではありません。  






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