「いつも通りを望んだあの子の日常は。」・・・1/3

 

 作:星喰(hoshikui) 


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考えるということで物事を認識し、その上で何かしらの感情がが生まれてしまうのなら 私はそれらを切ってしまおう。 

切って切って切って切って切って切って。

何一つ生まれぬように。 

何一つ気に留めることがないように。 

二度と"自分"という"存在"について考えられなくなるように、壊してしまおう。

そうして元の私に戻ろう。 なんにも知らなかった頃の私へ。



 ………。


「う………」


大人になれない自分を、これ以上見たくないから。

(子供染みた考えが、私を止める)


「…………」


(これ以上、先へ行かないで)


「う…ぅぅう……っ」 


嗚咽を小さく響かせて、涙でいっぱいになった私がそこにいる。

時間が止まればいいのに。

何も流れなくなればいい。


そう、この暗闇にずっと一人いられたら。


……ううん、分かってる。

頭でそう逃避していても、心の内じゃこんなの望んでないことは。

あの明るい日差しの下、誰かと笑い合っていたいと。

本当の笑顔で。 何も考えることなく、無邪気に。

そんなことが出来るのなら。


私の人生は、また違ったものになったんじゃないんだろうかと。


―――じゃあ本当に意識も何も無くしてやろうか。


無くせるものならすぐにでも。


―――元々お前の生を伸ばしたのは私だ。それを切る親切心くらい今の私にはある。


お願い、もう何もかも考えたくない。


―――だから×が×、お前が今ここで終わらせたいのなら私が












 蛍光灯がバチバチと光を巻き散らしている。

点いたり消えたりするその灯りが……なんだか眩しく、とても綺麗に見えて… 私はそっとそれに手を伸ばした。けれど灯りは伸ばした私の手から逃げるように遠ざかっていってしまう。近くに行かないといけないような、少し焦るような気持ちをなりながらもどこかで私はそれを安心したように見送っていた。

…焦っているのに安心しているなんて、と奇妙なこの気持ちが 一体どういうものなのか考えようとしたところで―――

目の端から白い光が溢れだした。


顔を逸らす間もなく、それはあっという間に私の視界全てを覆っていって…。

やがてその白い光が消えていくと、 口から漏れ出てくる白い息。肌に当たる風の冷たさ。身体越しに感じるふわりとした布の感触。

それら全てが一瞬にして伝わってきたことに私は数回瞬きをすると、ゆっくりと口を閉ざした。

吐かれた息の先にあるのは、赤と黒の線が入り混じった天井。

ゆっくりと視線を周りに移すと…私の部屋よりも随分広い空間が広がっていた。

(…なんか、旅館部屋みたい……)

ゆっくりと起き上がり、ここがどこなのか考えるよりも先に近くにあった本棚が目に入る。…それは私の背よりも高く天井までつきそうな本棚だった。

(うわ……すごく高い)

けれど、一スペースに一冊か二冊置かれてはいるだけで中身は結構すかすかになっている。

(どうしてこんな高いものがここに…しかも中もそこまで充実してないし…勿体無い)

私はさっきまで寝ていたベットからそっと降りると、その本棚へと近付いた。

何の本が置かれているんだろうと、なんとなく一スペースにあった(文庫本くらいの大きさの)一冊を手に取ると……


「っ…?」


私は驚きに目を見開いた。

…表紙は真っ白だった。

タイトルもイラストも何もなかった。

書店でもらうような茶色いカバーならまだしもこれはカバーでもなんでもなく、本当に表紙が白一色だった。

裏返したりしてみたけれど……文字も汚れすらも見当たらない。どこから見てもそれは真っ白だった。

…若干不気味に思いながらもしかしたら作りかけでこうなってしまったのかもしれないと思い直した。…表紙を別に取ってそれをくっつける作業の前段階の本だったりするのかもしれないと。

そう考えると、ここは本屋か図書館なんだろうか。けどもし本屋や図書館ならBGMだったり若干でも人の声や気配があってもいいはず…。

………どれだけ考えても答えの出ない問題を頭から振り払ってから私はその表紙を開いた。

真白い表紙を開いても真白かった…まあ当然かもしれないけれど。…こんな風に白が続くものをみるのは小学生の頃以来かもしれない。

確か図書室にちょうどこんな風に真白く…少し型紙っぽい質感をしていたページの文庫本を見たことがある。だから新聞紙くらいの質感が文庫本なのだと思っていた私にとって、これは久々の感覚だった。 そんな風に思いながら一ページ捲ると、そこには文字が並べられてあった。


「……」


…そしてまたしても私は驚きで固まってしまった。

一瞬、これを絵本か何かだったのかと勘違いしそうになったけれど…これは間違いなく文庫本サイズでそれなりのページ数もある。だから普通に小説か、他のジャンルでもエッセイか実用書的なものかもしれないと考えていた。

けど視線の先にある真白いページに浮かんだ文字は、そのどれもを微妙に違えたような形で私の前に姿を現していた。  





あるところにひとりのからっぽなひとがいました。


そのくらいせかいのなかで、からっぽなひとはいつもひとりでした。


けれどさみしくはありません。


だって、なまえのとおりなにもかもがからっぽなひとでしたから。


そのひも、からっぽなひとはいつもとかわらずまわりのけしきだけを

ぼんやりとながめていると、あるものとであい―――  







  無言でページを元へ戻す。

……さてこれは一体なんの本だったのかと思い表紙を見返してみても、勿論そこには何も書かれていない。

…真白い表紙に少し硬い質感のページ、そしてそこに書かれている文字は 一文字ずつのサイズは文庫本とさして変わりない… だけどそれらは全てひらがなで綴られていて。……更に不気味さが増した気がする。


「………、あれ……」


私はさっき開いたページにどこか引っ掛かりを覚えた。そういえばあれは……


「ウツシミの……」


そう。あのときレンに見せてもらった絵本…。

急かされるような気持ちで再びページを捲って確認すると、一字も違うことなく同じ文章だった。


「どうして……」 


どうしてこれは絵本ではなく文庫本として残されているのか。

…それに、こんなに厚いページ数に残るほどあの話は長くはなかった気がする。

そんな疑念が頭の中でで騒ぎつつも私はぱらぱらと確かめるようにページを読み進めた。  













それはすがたかたちがぼんやりとしていた、ひかりでした。

ひかりはからっぽなひとにきづくと、はなしかけてきました。


―――ここはどこだい?


からっぽなひとはそれにこたえます。


―――どこだろう。わからない。


からっぽなひとにもここがどこだかわかりませんでした。


ひかりはつづけます。


―――ここにはきみひとりだけ?ほかにだれもいないのかい?


からっぽなひとはそれにうなづきます。


―――だれかにあったことも、きみみたいなひかりもここにはいないよ。


―――ここにはぼくだけ。


―――………。


―――……さみしくない?


―――さみしい……わからないよ。

―――ぼくには、それがどういうことなのか、わからないんだ。


―――え……さみしいは、……かなしいと、こわいがまざったきもちだよ。


―――かなしい……こわい………それは、いったいどういうきもち?


―――………。




なにかをかえそうとしたひかりは、ふとからっぽなひとのいってんをみて

とたんにかなしいきもちになりました。

なぜならからっぽなひとのこころがなかったからです。

はーとのかたちをしていて、むねのあたりにあるそこは――

…もじどおり、からっぽでした。


ひかりにはそれがかなしくみえて、

そこになにかうめてあげられたらどんなにいいだろうとおもいました。

そして、ひかりはうんとかんがえたすえにおもいついたことを

からっぽなひとにていあんしてみることにしました。




 ―――ねえ、きみはここからどこかにいきたくない?


―――…どこか?


―――そう。ここからはなれて、どこかへでかけるんだ。


―――もしかしたらきみいがいのひとや、わたしのようなものもいるかもしれないよ。


―――………


―――?


―――ここからはなれるなんて、かんがえたこと、なかった。


―――……ぼくは、ここからはなれても、いいの?



からっぽなひとはめをみひらき、それからいちおんいちおんをたしかめるように

しんちょうに、ゆっくりとそうつぶやきます。



―――もしきみがここからはなれたくないりゆうがあるのならきょうせいはしないよ。


―――でももしもきみがどこへでもいけるのなら、


―――わたしはもうすこしだけきみとはなしてみたいんだ。



そのひかりのことばに、からっぽなひとはすこしかんがえたあとたちあがりました。



―――わかった。きみについていくよ。


―――ぼくも、きみともっとはなしてみたい。



からっぽなひとはそういって、ひかりといっしょにたびにでることにしました。   



 からっぽなひとはたびのどうちゅう、

いろんなものをみききしいろんなことをしりました。

そしてひかりともたくさんのことをはなしました。


こころがないぶんすききらいやかんじょうについてのことにはこたえられなかったけれど、

めがみえ、ことばをはなせたことがさいわいしてか、

じぶんがめにした『いろ』のことにかんしてはたくさんはなしました。


あれは『こんじょう』

あれは『もえぎ』

あれは『はくじ』

あれは『あいてつ』 


そういったかんじで、めにみえるたくさん『いろ』のことを

からっぽなひとはひかりにおしえます。


ひかりも『いろ』についてしっていることをおしえながら、

このいろはきれい、このいろはきたない、と

じぶんがおもったことをからっぽなひとにつたえます。


もちろんからっぽなひとはそれにこたえられなかったけれど

ひかりがたくさんはなしてくれることがうれしくて

ただただそれにうなづきながらきいていました。 


このときから、からっぽなひとのなかに『うれしい』がうまれたのかもしれません。


けれどからっぽなひとはかんじょうがどういうものかしらなかったので

そういうきもちがうまれてても、そのときはまったくきづけなかったのです。





いろんなところをたびして、どのくらいのときがたったのでしょうか。

あるひ、ひかりはからっぽなひとにこういいました。



―――このせかいはみんなたんしょくなんだね


―――たんしょく…


―――かたちあるもののいろがいっしょくしかないことだよ


―――いっしょくじゃ、だめなの?


―――だめじゃないよ。だけど……なんだかさみしいなっておもって


―――………


―――…ああ、ごめん。わたしはきみにまだ『さみしい』をおしえられてないのに…


―――…かなしい


―――え


―――こわい


―――………


―――……やっぱり…、それがどういうことなのか、ぼくはまだわからない。でも


―――わからないから、まぜてみてもいい?


―――……、うん、まぜてみよう。



そうしてふたりはいろんないろをあつめてはまぜあわせました。

しろとくろ、きいろとみどり、あおとあか、むらさきとはだいろ

たくさん、たくさんまぜました。

みたことのないあかるいいろがみえはじめたかとおもえば、

うみのそこにいるようなふかくくらいいろになったり、

それはふたりのめにいままでになかった

あたらしいたのしさをおしえてくれたのです。



ぼくもひかりといたことでこんなに、いろあざやかにかわっているのだろうか。



そうおもいながら、 

いつしかからっぽなひとはじぶんがどんないろをしているのか

いろいろとかんがえるようになったのです。






ぐるぐるとあたまのなかをしめるのは

あのときおもったじぶんのいろについてのことでした。

からっぽなひとにはさいしょからなにもありませんでした。

かんがえることも、おもうことも、てあしをうごかすきりょくをもつことも。



だからこんなふうにかんがえることが

あのころからかわっていないじぶんにはにあわないようなきがして

そこまでかんがえないようにしていました。



けれど あたまがかんがえることをやめようとしませんでした。

とめてもとめてもそれはからっぽなひとのあたまのなかにうかびあがり

いまにこたえをもとめるかのようにぐるぐるとあたまのなかをかけまわっていきます。


かんがえるたびにすこすずつあたまがいたくなって、

ついにものをなげたり、あたまをたたいたりしました。


そんなことをひかりからかくれながらつづけるたび、

からっぽなひとは、だんだんじぶんでじぶんのことがわからなくなっていきました。




あるひ、ひかりからたびのおわりがちかづいていることをつげられました。



ひかりはどんどんじぶんがよわっていっているとからっぽなひとにいいます。



―――いまのままでずっとひかりつづけられればいいんだけどね。


―――どうやらそうもいかないみたいだ。


―――… 


―――もっときみとたびをしていたかったけれど、これにはあらがえないからね。


―――……きみは、これからどうするんだい?


―――……わからない



からっぽなひとはかすれたこえでそういいます。

それにおどろいたひかりはすこしだまりこんで…こうつづけました。



―――なにかしたいことはないのかい


―――……わからない


―――このままじゃきみ、ここでずっとひとりだよ


―――……


―――ねえ、きみはわたしとのたびがおわるのをすこしでもさみしがってくれている?


 ―――………………わからない


―――……わたしは、さみし




―――わからないんだ!!!














 

そして次のページを捲った瞬間……私の目と手と思考は止まった。


「え……」


そこには続きの文はなく、代わりに走り書きのようなものが記されていた。



×××××の近くにいる女に注意しろ。あれは人間で出来る範囲を飛び越えただけでなく、我らと同じ力を××に使わせとうとう罪まで犯してしまった。


××も処分を考えねばならない。 が、それは我らの力だけではどうにもならない問題だ。

××の力は我らより上だ。下手に中のモノを呼び起こさせてしまえばこのウツシミの世界まで壊されかねない。

なので我らの邪魔をすることがないよう監視をつけさせる。××と、その×に。



「……」 



 "処分" "監視"

その二文字を見た瞬間、心臓が跳ねた。

…監視、ってどういうこと? 処分、って…。


恐怖から自然と身体が震え、本を落とした音ではっと我に返るも…… 私はそれを取らずに見下ろしていた。

すると―――


「…起きたのか?」


"幼い声"が私の思考を揺らした。

…その声の主は私に近づくと、落とした本を拾い上げて元の場所へと戻す。 



「あか……どこに行ってたの」

「それは我の台詞だ。……とはいえ置いていったことに関しては謝っておく」

「あ、いや……私も、ちゃんとついていかなかったし――」

「――だがお蔭で確認はできた。もうお前に会うのはこれで最後にする」

「……え?」

「じゃあな」

「ちょ、ちょっと待って!それって…」


私がついていかなくても故意に置き去りにするつもりだったかのように聴こえる。

そう言おうとして私は口を噤んだ。…さすがにそれは悪いほうに考えすぎかと思ったから。


「"確認"がしたかっただけなのかと聴きたいのか?そしてその"確認"とは何かと」


…当の本人は振り返りもせずに立ち止まると、淡々とそう言った。

(………)

……あのときも思ったけれど、なんだかあかの様子が少しおかしい気がする。

いや、初めて会ったときもおかしかったけど。…初めて会ったとき以上にあかの纏う雰囲気や声音が子供とは思えない程冷たく感じて。


「さ……さっきの本、に」


私は未だ冷たさの残るその言葉に負けじと続ける。


「処分、とか、監視って……書いてあったんだけど………何かあったの…?」

「…何故そんなことを聞く」

「……分からない、けど………」

「……」

「…なんか……知らないと、いけない気がして」


微かな頭痛と同時に生まれた違和感が警告する。これ以上はやめろと。 けれどこれだけは絶対知っておかないといけないような…… よく分からない気持ちが底から湧いてくる。


「――なれば我はお前に問おう」

「……」


あかの、いつもと違う氷のようなその声がぴしゃんと空間に響く。


「記憶と感情(心)から逃れ……お前は友よりも自分を選ぶのか?」

「…」


一瞬の間。その友という単語に一人の姿が思い浮かんだ。


「…心配、してるの」

「………」

「皆すごく心配してるの、これ以上ほっつかせて心配ばかりかけられるのは嫌だ。だから見つけたら怒って、色々ぶつけて、……それで一緒に帰りたいよ」

「…………そうか」

「…ごめん。私さっきからあかが何言ってるのか全然理解(わか)ってないと思う」

「そうじゃな。少なくとも我の言葉を理解しているのであればこんな雑な回答はせんだろう」

「うっ……」

「…じゃが」


あかはそこで一度言葉を区切ると、微笑を浮かべた。


「のう小町」

「?」

「我はな、いつまでも"覚悟"せん半端な人間は嫌いだ」

「…覚悟?」

「自らの状況を知ろうともせず、且つこれから起こることを悟りもしない。そんな阿呆で無知な人間はもっと嫌いじゃ」

「……」

「分かるか。お前はその中途半端な人間の部類に入っておる。…何故ならお前は以前までの自分を知ろうとする痛みに耐えてばかりいるからじゃ」

「っ…」

「お前は知らずに怖がってる臆病者で自分のことよりも他人を優先する馬鹿な人間じゃ。心配された側はそんなお前を見てどう思うだろうな」

「それ、は」

「お前に助けられることを望んでいる、とでも? ――お前のそれは身勝手な理想像を相手に押し付けてるだけじゃろう」

「…そ、んなこと言われたって」

「ならば頭が猿以下でないことを願って問うが。あやつはどんな気持ちでお前の元を去ったんじゃ」

 「………」

「他人を優先する馬鹿で愚鈍止まりなら、このくらいは理解(わか)るじゃろう? 

…あやつの想いを無碍にしてでもお前は探すのか」

「……」


重苦しい何かが心に圧し掛かってきて……その重みに耐え切れず、私は目を閉じる。


――あかに言われるまで、私は気付かなかった。

いつだって千登勢は何かと騒ぎを起こす度に喚き散らしながら 私に助けを求めてきたけれど…


こんな風にいなくなることを誰にも相談もせずに、助けを求めることなく、まるで空気のように存在ごと掻き消えていって…

私が気付かなかっただけで、彼女は何か思い悩んでいたのかもしれない。

けど、何を? 千登勢は一体何を悩んでたの?

………。

……分からない。

いつもの千登勢らしくない行動や言動がどこかにあったんだろうか。

……千登勢、らしくない。

落ち込んでいたり気分があがらないときはいつだってそれを表に出して私に話してくれただけに どこにでもありそうな気がする…。

けどそういうときは決まってすぐに何かを探し見つけては喜んで騒ぎを起こしていた。そう、何かを見つけて……。

(……あれ)

 不意に、何故か出逢ったときの千登勢の表情が思い浮かんだ。

それが消えると同時に、記憶になかった光景が次々と脳裏を過ぎっていく。

(――"ずっと、一緒"……?)

…ずきっと、頭に痛みが走る。

ぐらつきそうになる前に手で額を押さえつつ、私はその痛みに耐えた。


『小町はさ、早く卒業したい?』

『そりゃあね』

『なんで?』

『………』


『…普段からそうしてくれれば非常に助かるんだけどね……』

『…ごめんね』

『………』

『どうしたの、…らしくないよ』

『……そうだね。早く教室行こ』


『こまち……ありがとう……』


『田中、1つだけ答えてくれ。頷くか首横に振るかだけでいいから』

『………』




――……お前はこれから先も笹凪と一緒にいるつもりか?



「……ぃしょは」

「……」

「最初は、頼まれただけだった。私は………日常(いつも通り)を手に入れたかったから」

「あんな何もかもを無くす生活に耐え切れなくて……それをあの人に……痛いくらい指摘されて、だから私は」

「――笹凪千登勢(彼女)が何かを引き起こすことがないよう、監視の目的で守りを破ってまで廻った…」

「…"私自身(わたし)"を守るために」







「……それ、は…どういう……こと?」

「そのままの意味だけど。記憶を無くしたからって脳も空にしたわけじゃないんだからこの意味くらいお前にも分かるだろう」

「嘘……嘘よ………だって私達は――っ!」

「他人から伝え聞いたその話はどれくらい真実性があるんだ。…どちらにしろ私が話していることが真なんだからこの世界もある意味地上と変わらんな」

「それにウツシミは基本他人と関わっちゃいけない決まりがあるんじゃないのか」

「っ……」

「だとすると風で流れたのを聞いたのか、それとも役職持ちがそういった関係の物でも落としたか……」

「…まあどうやって知ったかはこの際どうでもいい」



そう言うと彼女はその赤い半目で私を見て、同じ質問をする。



―― お前は廻りたいのか。地上へ。   







その後、彼女と問答を何度も繰り返しここに来ることを決めた際に 私は彼女とある約束事を交わした。


「千登勢がここで何か異常を起こすことのないよう監視すること…」 


ここに来る時点でそのことも記憶から消されていた。

けど…なんとなく彼女から離れられないその理由(気持ち)が、私を彼女の傍へ留めた。

――罪悪感。

初めて彼女の家で彼女を見つけたとき、いくら声をかけても彼女からの返事はなかった。

そして小さかった私の胸には、苛々と、その裏に隠された罪悪感が沸きあがった。

……酷い言葉をたくさん吐いた。 何を言ったのかは覚えてないけれど……それでもその頃の私はまだ僅かながら "色"に対する拒否反応もあったから、それも併発したんだと思う。


それから症状も薄れていた頃、彼女の家にお邪魔したときにそのときのことを思い出して私は両親に訊ねた。

母が言うには、私は彼女の家の居間をめちゃくちゃにしたそうだ。

あえて"めちゃくちゃ"という表現を使ってきたのはまだ小さな私を気遣ってのことだったんだろう。


だって私は見た。

その戸惑ったような瞳を。

彼女の近くにいる私に対して何を言えばいいのか迷っていたその口を。

…私をここから追い出そうとして動けずにいるその手足を。 


私が何もしないでいることに安心すると、今度は私に向かって同情的な視線を向けてきた。…その中に申し訳なさそうな色を混ぜ込みながら。

彼女に"可愛そうな子供"と認識された小さな私は千登勢とよく遊んだ。そして、彼女から私が一緒にいることに対して心配されることも減ってきたある日。 


 私は一つの間違いを犯した。 








当時の私はとにかく写真を撮ることに夢中で、帰宅してから父から譲り受けた大事なカメラを手に外をあちこち探検することが自然と日課になっていた。何度も母に人通りが少ないところ、危なさそうな場所は行っちゃいけないことを 出かけ際に指摘されつつ、そういった場所へ足を踏み入れたこともある。…けど数歩入ると怒った母の声がどこかから聴こえてくるような気がして、 幼心に恐怖を感じて引き返すことがしょっちゅうだった。

千登勢もよく撮るねえと言いつつ面白そうに私の横からカメラを覗き込んできたりして一緒に色んなところへ行ってはそこで遊んでいた。 ただ当時はまだ彼女も頭痛持ちだったこともあって、毎日遊び回ることは出来なかった。…結局何が頭痛の原因なのかは分からなかったけれど、彼女の苦しげな顔をたまに見ると、つまらないけどちゃんと休ませようと小さな私は思った。


その日も私がまたどこかに探検に行こうとすると彼女も額を押さえながらついてこようとしてきたけれど、私は強く駄目と彼女に言い続けちゃんと彼女が部屋に入りベットに潜り込んで寝息をついたのを確認してから彼女の家を後にした。

家を出ると…安心と好奇心がじんわりと湧きあがってきて 自然と足取りも軽やかになった。


…しかしその日はとても暑く、 大人でも間違えれば熱中症になりそうな程の温度で…少し歩くたびに頭がぐらつきそうになっていた。

どうして帽子を被ってこなかったんだろうと後悔したけれど… こんな暑さの中家に戻る(引き返す)気にもなれず、かといってこれ以上歩くのも億劫になってしまった私はとりあえず日陰を探すことにした。

近くに公園があったことを思い出して向かうと……そこには誰もいなかった。その日は土曜か日曜で…だから多分休みで……。夜でもないのにこんなに公園が静かなのがある意味不気味に見える。けれど頭のぐらつきの所為か私の中でそんな不気味さが霧散するように消えると、 奥のほうにある大きな木陰のベンチにどさっと座り込んだ。

じわじわとした汗が額から首へ。首から胸の間を通ってお腹、脇まで辿り着くと服に汗が染み込んでいて、少し気持ち悪く感じた。…鞄の中からタオルと水筒を取り出して汗を拭き水分を取る。

そうして数分じっとしているとぐらついていた頭が少し落ち着いてきて、深い息を吐く。

あつい。

頭も、息も、地面も、身体中に刺すような空気でさえも。背中を大きな木に預けても風は一切吹かなくて、身体が全然休まる気はしない。…辛うじてしっかりしている意識を上げると、聴覚くらいだろうか。

一応視覚は開くもののそれはどこかぼんやりとしているし、喉や手足…身体全体に至っては怠さが全身に行きわたっていてどうにもならなかった。耳を澄ましてみる。カランカランと近くの家から風鈴のような音。そして私が凭れた木にでもとまっているのか、 蝉の鳴声がその音に混じって嫌に耳に入ってくる。

…近年じゃ異常気象の所為か気温や天候がコロコロ変わることがほとんどだ。だからその日が夏休みの約一か月前くらいでも特に疑問を持つことはない。

けれど私はふと当時の担任の先生が口にしていた単語を思い出してしまった。 

"温暖化"

ああそうか。温暖化が進んでいるからこうして天候がおかしくもなるし、風も吹かないのか。

きっといつか私が澄んでいるこの地面を含めた地球の全てが 熱や何かで覆われておかしくなっていくのかもしれない。

けれど私も、周りの皆もその為の対策をしようともしない。どうしてか、その答えは至って簡単だ。

"面倒だから" その一言で皆片付けられる。

無知な子供も、そして理解ある大人も。テレビでも本でも対処法をあげているのに一部しかやってくれないのは何故?

それも"面倒だから"

どうして面倒だからやらないのかと聞かれればそれもこのシンプルな一言で片がつく。

"危機感が無いから"

さっきあげた一部の人は多様な方面で危険な目にあった人間だからこそこの事態に対して何か対処をしなければならない気持ち……そう、危機感を持っていた。

けれど何も不自由なく危険な目に遭うことがない人間に "ストップ、温暖化!"と見せつけられたところでなんにも思わないだろう。

それこそ"危機感が無い"のだから当然だ。危機感のない人間によくそんな馬鹿みたいに訴えかけられるなんて私は思う。もしも危機感を持たせたいのなら手っ取り早く危険な目に遭ってもらうのが一番だろうに。そうすることもしない中途半端な人々が何を言ったところで危機感のない人間の心に響かないのは当然だろう。

だからきっと最近地震や異常気象が起きたのも、神様がそんな人々に業を煮やしたからだろうなと私は思っている。

……神様、という言葉を使うなんて、もう本当にやばいのかもしれない。

頭が蕩けそうなほどぐらぐらして、頬に掌を乗せると…すごく熱かった。とはいえ風は吹いてないから汗と土に塗れた手は少し気持ち悪く、それで本当に熱いのかどうかすらも分からなかった。


……風鈴の音が聴こえる。それに混じって蝉の声。そして…何か、走ってくる音。


風を切って、ぎゅぎゅーという音を鳴らしていることから…車、だろうか。

暑さの所為か段々と思考が切れはじめ、当然目も開けられず… 耳に聴こえる情報を纏めようにも思考もぼやけ始めている。

ああ、早く家に帰らないと……そして千登勢の様子も見にいって、それから……



ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅー


土を走ってくるような音。


段々とそれは高く空に響き――― こちらに近づいてくるようだった。 






  

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