「いつも通りを望んだあの子の日常は。」・・・2/3

  作:星喰(hoshikui)


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衝撃音が耳の奥に刺さる。

がしゃん、

ばき、

ばきばきばき……

どしんっ

がたっ

が……


ぎゅーーーーーーーー 



 車の音が、酷く五月蠅い。

誰かの声が聴こえる。

…誰?

なんだか、手足が冷たい。

ようやく風が出てきたのかと思ったけれど、どこにも風を感じない。

ならどうして、手足が冷たくなっていくのか。


相変わらず車のエンジン音が五月蠅い

 目を開ける。

……同時に何かが切れたかのように耳に音が入らなくなった。

風鈴の音も、蝉の声も、車の音も、風も、何も、なくなって。

そうして開けた視界の先は暗闇だった。

 日陰にいたとはいえ、こんなに視界が黒に塗りつぶされるほど 暗い所にいたわけでもない。

私はどうしてと思いながら手を前へと伸ばす。

暗闇に目を凝らしたその手の向こうに何かあるような気がしたけれど…そこには何の感触もなかった。

次に私は地面に手をつきながら立ち上がって。


「…………」


絶句。

私はその軽トラックの前の部分からすり抜け、上半身だけを出したかのように立っていた。

全身傷だらけ、ということもなく、

顔も、身体も、どこにも血はついていなくて、

痛みもない。


「―――っ」


……それら全てが信じられなくて。

子供で、何も知らなかった私はどうすればいいのか分からず

ただこのどうしようもなく溢れてくる気持ち悪さを叫んだ。




その後の記憶は、おぼろげにしか覚えていない。




…再び気が付いたときには私はベッドに横になっていて。

起き上がった私の横で千登勢が私の手を握って、眠りながら泣いていた。


『……め………ごめ……ん……』


どうして謝るの?

頭痛は治まったの?

動いて大丈夫?


いくつもの問いが浮かんだけれど、彼女のその声と共にそれらは全て消えていった。


『………』


彼女が寝息をつくたびに小さな嗚咽が一緒に出てくる。

私は彼女に早く泣きやんで欲しくて、 頭を優しく撫でると腕を伸ばして背中を軽めに叩く。それから数分経つと彼女の嗚咽は止み寝息も穏やかなものになった。

…それを確認すると同時に眠気に襲われた私は、また布団に潜り込んだ。


考えてみれば、それからだったのかもしれない。…千登勢がよく色んな騒ぎを起こすようになったのは。

逆に私はそんな彼女を止めたり、付き合ったりしていて。最初こそ驚きはしていたけれど、年を重ねていくにつれ、私はそのことが日常(いつも通り)なんだと疑わなくなっていって…。ああそういえば……あのときの声は千登勢に似ていた。けどどうしてあのとき彼女は私のところへ来ていたんだろう。

あの日、彼女は頭痛が酷くてベッドで休んでいたはず。…当時の私もそれはちゃんと確認してから彼女の家を後にしたんだ。

実は起きていて、私の後を追ってきていたんだろうか。それとも私が彼女の家を出た後に起きて家を出たんだろうか。

そうやって何度も繰り返し繰り返し疑問を並び立てていくうちにようやく私は気付く。きっと、初めて出逢ったときから彼女は私のことも自分のことも 既に理解(わか)っていたんだと。

そしてあれ以来騒ぎを起こし、自らを危険な目に遭わせようとするのは―― 私という人間に"危機感"を植え付ける為なのだと。


「……けど私は既に千登勢に守られていた。本当なら逆の立場なのに」


監視という言葉は一見すると恐ろしく聴こえるが、一字ずつばらしてみるとそれは見る(見守る)役目をという意味になる。確かに私はあの世界で出会った彼女から監視を頼まれたけれど、彼女は彼女なりに千登勢のことを心配して私に任せようとしてくれたように思えた。

どうしてそう思ったのかは分からない。けど彼女はこう言った。


『いつまでも"覚悟"せん半端な人間は嫌いだ』と。   





 「あか、思い出させてくれて、一緒にいてくれてありがとう」

「……」

「きっとあかが…――先生がいなかったら私は前みたいに自分で自分を刺してたと思う」

「お前はあれと一緒にここに来たんだったな。  ……道理で我の力が少し薄くなってるわけだ」

「……」

「じゃが勘違いするな。お前は全てを思い出したわけじゃない。お前はウツシミであったときの記憶と、笹凪千登勢のことだけを思い出した。それまで何をし、どこにいたのかを追及するのであれば勝手にするといい」

「…心配してくれるの?」

「当たり前だ」

「……」

「例えお前がどれだけ半端者だったとしても、我の力の一端を担った人間の末路はしかと見届けねばならない」 

「それが力を与えた我の責務であり……我を頼ったあれの罰でもある」

「………」


その、罰とは一体何なのか訊ねようとして……やめる。 きっとそう問いかけても彼女は答えてくれない気がしたから。…だから私は彼女に別の問いかけを投げた。


「ねえ、あか。……こんな私が千登勢に会うことはもう出来ない?」

「それは、我の質問を否定するということか」

「うん」

「迷いないな」

「うん。傷付くとか傷付けられるとか考えてたらいつまでたっても  私は千登勢に会えないと思うから」

「そうか」

「…だけどあか、私はさっきあかの言った通り半端者だよ。千登勢と会って話したいし傷付けるんだと考えても始まらないって分かってても全く怖い気持ちが無いってわけじゃないから」

「………」

「……正直、どうしてここに私だけを置いていったのか…それを知るのが一番怖い。会うまでにいくらか予想することは出来るよ。でもそれが必ずしも当たるとは限らないでしょう?」

「そうじゃな」

「…予想は出来ても、それは確実じゃないから怖さは無くならないし、その上で覚悟をすることなんて私には出来ない」

「だからあか、もし今私に覚悟が出来たと思ったんなら撤回して。私にはそんなのいつまでも持てっこないのは分かってるから」

「そんなこと既に知っておる。お前は田中小町で、……我の知っているあれとは違う」

「………」

「それに、確かに我は覚悟のない半端者は嫌いだと言ったが……今のお前のように、自ら"覚悟を持てない"と判断出来る奴は嫌いじゃない」

「あか……」

「正直なところ、我はお前を助ける気など毛頭なかった。お前は自ら行動を起こす度に周りに頼り過ぎなんじゃ。見ていて気持ちが悪くなったわ」

「………」

「ウツシミとしての記憶も思い出そうとすれば出来るものを。それをお前は思い出したいと言いつつ痛みがなどと甘えたことをぬかしおって。頭痛に耐えたあ奴のほうがまだ可愛げがあるわ」 

「………」

「…お前の元を去ったあ奴の気持ちも分からないでもない。何せお前はその記憶に対し拒否反応を起こし続けていたのじゃから。このまま自分が近くにいれば尚更それが酷くなるとでも思ったんじゃろう」

「………」


どうしてそれに千登勢が関係しているのか。そう訊ねるよりも先に思考が働き、私は開いた口を閉ざす。

もし彼女に私に話せないことがあるのだとしたら。 いくら何でも口走って騒ぎを起こす彼女だって周りに嘘や隠し事がないわけじゃないだろう。いつも通りの彼女とそのことを差し引いて考えられるのは… やっぱり自分自身のことなのかもしれない。

どういった人でも、最後は周りのことより自分のことを一番に考えてしまうものだ。…きっと彼女も別な理由をあげて自分が辛くならないようにと私の元から去ったのかもしれない。


「なら、どうしてあかは私を助けたの?」

「…あやつのお蔭でこの十数年が繰り返された。まあ我がそうさせたのじゃが。……いい加減もう終わりにしようと思っての」

「あかが……なんで」

「約束をしっかりしたものにする為じゃ」

「…約束?それに、千登勢が関係してるの?」

「いいや。…じゃがあやつに近かった別なお前には関係しておる」

「別って………もしかして…ウツシミになる前…生きていた頃の、私?」

「そう――お前が思い出すことを拒否した"お前"じゃ」

「………」

「じゃが、我もお前がウツシミとしてここに来るとは思わなかった。…しかしまあ……さっきはあ奴の所為だと言ったが歪みの一端の原因はお前にもあるんじゃぞ」

「え…」

「お前はあの世界の決まりを破ってここに来た。それがこの地上でどういう作用をもたらすのかお前だって分からぬわけでもなかろう」

「拒否反応がその証拠じゃが……それだけではない。時間も、周りの環境も、地上(ここ)にいて変わるもの全てに影響が広がる。そうなれば笹凪千登勢は勿論、ここで生きておる人間にもそういった影響が染みこまされる」

「……」

「半々、理解は出来たか?ならばしかと理解させるために例をあげてみよう――お前の従姉妹であった薬利華那」

「…華那、姉……?」


ドクリ、と鼓動が鳴る。次いで思い出したのは彼女の言葉。 



"幼稚園でもたくさん友達作るんだよ。1人ぼっちにならないでね"



「我が夏に話したことを覚えているか」

「夏……」


そう言われても…あかとは夏頃に出逢い色々な話をしてきたから どの話のことを言っているのかが分からなくて、私は首を傾げた。


「…大勢で集まったときがあったじゃろう」


大勢と言えば……初めてあかと出会ったときか祭のときだけど…。


「……祭のとき?」

「………、ああそうじゃ」


当てずっぽうで言ってみたけどどうやら合っていたようだ。

内心ホッとしたのも束の間、先程の胸の痛みに近い何かが頭の中を走った。


「っ…」


同時に、ここに来るまでに起きたあのことを思い出す。

私が手を伸ばし、助けた人―――あれは、あれは……



「我が話したあれは、実話じゃ」

「…………え?」



痛みの外から聴こえてくる幼く。

けど子供とは思えないその言葉を理解するよりも早く、 あかは"それ"を私に伝えた。 




 「薬利華那は―――お前と同じ、ウツシミじゃ」







………。


 ――可哀想に。事故だったんですって?――

――まだ高校生なんでしょう?――



いくつもの声が横から流れ込んでくる。

電車のホームより先へは行けない。

それでも小さな私は手を伸ばし、大人達の制止を振り払うように大声を張り上げた。


「……かなねえ…っ!!」


同い年の子と仲良くなれなかったとき、唯一私の近くにいた大切な従姉妹。

学校のことや教育実習中ということもあってあの頃は少ししか話さなかったけれど、 彼女はいつも私のことを気にしてくれた。


……そんな彼女が事故死したと私が知ったのは彼女が亡くなってから数日後のことだった。彼女と出会い一年が過ぎ去ろうとしていたあの頃、彼女は何かに悩んでいたのか額を押さえながらもいつも私のところへ遊びに来ていた。

華那姉が悩みを聴いてもらいたいから私のところへ来てるんじゃないことは 幼い頭でもすぐに察しきれたから、お菓子を一緒に食べつつも 私が今日見聞きしたことを全て彼女に聴いてもらっていた。やがて会話が途切れ、色のない室内が静かになったとき、彼女は言った。



「幼稚園でもたくさん友達作るんだよ。1人ぼっちにならないでね」

「うん」

「…きっと小町ちゃんならこの部屋に色が付いても大丈夫だよ」

「……ほんとう?」

「うん」


華那姉は何もない部屋を見渡しながらも静かな口調でそう言ってくれた。窓は開いておらず、真っ白いカーテンで日を遮られているこの部屋は本当の意味で色のない部屋だった。

……いや、私と華那姉という存在だけでも色がついているのかもしれない。その頃には私の色調による拒否反応も薄れていた。改めて振り返ってみると、私のこの色調拒否も華那姉がどうにかしてくれたように思えてくるから不思議だ。

…そして、彼女のことを何も知らない子供は続ける。


「……あのね、このあいだ、ハンバーグたべたんだけど」

「うん」

「チーズ、のせてもらった」

「…そっか。もうひとつ入っても大丈夫になったんだ」

「うん。まだすこしこわいけど……でも、がんばってたべた。……おいしかった」

「えらいえらい」

「…っ!……」

「この調子でお皿も白に変えちゃおう」

「……それは、まだ…」

「…やっぱりこわい?」

「………」

「大丈夫だよ。きっとなんとかなる。だって小町ちゃんチーズ入りのハンバーグを食べておいしいって思えたんでしょう?」

「……うん…」

「なら、小町ちゃんは二つ一緒の組み合わせをここで受け入れられたんだよ。 二つ大丈夫なら三つ、三つが大丈夫なら六つって…。小町ちゃんのペースでゆっくり受け入れていこう?」


ね、と華那姉は私の胸のあたりを指差した。 

…"ここ"が心の部分であることに小さな私は考えつけず、華那姉をじっと見返している。


「……それにね、慣れれば一つだけなのが寂しいって思えるときがくるから。だからきっと大丈夫」

 「…ひとつが、さみしい?」

「うん。…もしもの話だけど、小町ちゃんのお父さんとお母さんとお兄ちゃんがもしもいなくなったら、小町ちゃんはどう思う?」

「やだ……こわい……」

「…それは、どうしてかな」

「だって………だって……さみしい……、…っ……」

「…ほら」

「……さみ、しい……」



子供の私は言葉を反芻しながら手を握り合わせる。 かたかたと震えだす私の手に華那姉はゆっくりとその大きな手を乗せて握った。


「きっと小町ちゃんはね、ほんの少し周りのことが受け入れられなかったんだよ。…ね、小町ちゃんお化け屋敷に入ったことある?」

「ううん」

「じゃあ、怖い映画は?」

「み、みない……こわいのは……やだ……」

「うん。私も怖いのは苦手。……けどね、私も今の小町ちゃんみたいに小さい頃 チーズ入りのハンバーグを食べたり、何かを受け入れたりしてきたんだよ」

「こわいのも…?」

「うん、怖いのも」

「……わたしも、こわいの、うけいれないといけないの…?」

「…そうだね。でも小町ちゃんが大きくなったらそれも怖くなくなるよ」

「おおきく…?」

「うん」

「………じゃあ、かなねえはなにもこわいものないの…?」

「………、……うん。小町ちゃんよりも大きくなったからね…。  …でも、ひとつだけあるよ」

「ひとつって…?」

「………私の中に残っちゃった怖いものはね―――」  




 よく彼女が家に遊びに来てくれるようになって数ヵ月経つと、私は家から出ようとする彼女と毎回のように約束を交わした。また来てねと。一緒に遊んでと。…子供のように何度も何度もゆびきりをしながら私はなんとなく怖かったんだ。

そのうち彼女がどこかへ行ってしまうんじゃないか。……そんな、曖昧で訳が分からなくて、泣きたくなるくらい痛い気持ちが彼女が帰ろうとする度に私の胸にすごく湧いてきて。だからよく家に引き留めていた。 引き留められない代わりの約束を交わしたけれど、小指に残る温もりもどこか冷えていたように思えて… 私はそのとき今感じているこの気持ちが胸騒ぎなんだと初めて知った。


…けれど、数日後。その胸騒ぎの原因が私の前に表れてしまった。

その日は園児服を受け取りに幼稚園に向かった帰りで、父と母と一緒に駅前付近を歩いていた。段々症状がなくなってきた私が無事幼稚園に入園出来ることになったから、父が祝いだと言って私の好きなハンバーグを作ろうと張り切っていた。

車で行くことも考えていたようだったけれど、 こうして娘と母と一緒に歩きながら買い物をしたいと父が言ったので母も私もそれに賛成し、いつも両親が通っているスーパーへと向かっていた。私が大き目の帽子を被りつつ2人の手を握ると、微かに笑ったような気配を感じて自然と自分の足取りも軽くなる。

…ハンバーグといえば、お肉、玉葱、それから―――

と、そこまで考えていたときだった。



――可哀想に。事故だったんですって?――


――まだ高校生なんでしょう?――




父の横を通っていく女の人がそんな風に小声で会話していた。

――こうこうせい。

その単語を聴いたのと同時に胸がどくんと嫌なくらい大きく鳴り響いた。

なんだか無性に怖くなって2人の手をぎゅうっと握ると、さっきの嬉しさで握り返したのだと勘違いしたのか2人もまた少し力強く握り返してきた。……それでも心音が止まなくて、私はその場ではあはあと息を吐きだした。

やがて歩けなくなってくると、それを疲れたと思ったのか父が背に乗っかれと心配そうに言った。同時に両方から手を離され、心音が続く恐怖にがくんと地面に膝をつくと――


…救急車が、車道を通っていった。


歩道に膝をついた私の耳へと行き届くその音に目がかっと燃えるように熱くなる。


気付くと涙が一滴頬を伝って…私はそのまま父の背中を素通りし、駅のほうへと走った。

制止の声をあげる両親を気に留めることなく走り続けているうちに帽子が脱げどこかへと飛んでいく。それでも私は走った。周りがどういう色に染められているのかを目にしても特に何も思わなかった。

あのときの私はただ、彼女がいなくなる恐怖でいっぱいで―――


「……かなねえ…っ!!」


きっと彼女は私と違って大きいし、私のように保育園じゃなく高校、という学校へ通っているんだから友達の一人や二人いたんじゃないかと思う。…でなければ私みたいな子供の遊び相手なんて出来っこないだろうから。

家に来る度いつだって話しかけてくれて一緒に遊んでくれた彼女。…私は知っていた。貴方がよく私の家に遊びに来てくれる理由を。

一年前。私の面倒が見きれずにどうしたらいいか分からない母を見て、優しい貴方はその現状をどうにかしようと思い私と話そうと考えた。そして教育実習として保育園に貴方が来たとき、私は貴方を拒絶した。

家族以外の人間を目に許した覚えはなく、ひたすらパニックに陥る私を貴方は憐れんで……それから一週間に二回程会いに来てくれるようになった。そんな私が視界を隠す帽子を脱ぐようになったのは数回目に会いに来たときくらいで。何回も会いに来られ気が緩んだのか風で帽子が飛んでいくのと同時に彼女は私の顔を覗きこんできた。

……一瞬、息が詰まった。

恐怖や拒絶の感情が湧きあがりそうになったのに……

――次いで溢れ出てくる感情が"安心"だったから。

周りが彩られている中で彼女だけが――無色透明に見えたんだ。


そのとき私は気付いた。


――ああ、この人も私と同じくらい受け入れられなかったんだ。 


……けど私が頭の中でそれをちゃんとした言葉に置き換えて理解したのは救急車が通り過ぎた後の話で。





―――…でも、ひとつだけあるよ―――


―――ひとつって…?―――


―――………私の中に残っちゃった怖いものはね―――――








「"私がまだ人としてここにいること"、だよ」




私と同じように、貴方も周りを見渡すことを恐れていたのに。 






 「薬利華那がウツシミであることを決定付けられたのはお前と出逢ってからじゃ」

「………」

「一つの場所に掟破りが二人もおるのを見つけた奴らは真っ先に薬利華那を回収しようと動いた」 「……奴、ら………回収って……」

「…お前も自らを追ってきた者を見たんじゃないのか?」



"…俺子供じゃないから追いかけっこする趣味ないんだけど"


「っ……」


そう言われて私はここに来るまで追われていたことを思い出す。そういえば……私は無事逃げ切れたんだろうか。……声音が低かった所為もあって男だと認識してしまっているけれど、あの男はもう私のことを諦め… 


「…このままじゃと確実にあやつらはお前を捕まえに追ってくるじゃろうな」

「……え」

「当たり前じゃろう、お前は掟破りなのじゃから。――それに、一人追手が減ろうがあやつらにとっては関係ないことじゃろうしの」


「そいつの言う通り。…俺が諦めるとでも思ったか?」 





  「っ…!!」


いつからそこにいたのか。…そう問う間もなく私とレンを追っていたあの男が軽々とあかのいる後ろの窓から入ってきていた。


「ここと同じじゃ。罪を犯した者へは相応の罰を下すまであやつらが諦めることは永遠にないと思え」


あかが淡々とした口調で言うと、男も満足そうにくくっと笑った。そして一歩ずつ、言葉を交えながらも私達の元へ近づいてくる。


「そういうことだ。俺らの世界の決まりごとを破ったお前はそれなりの処分は免れないだろう。まあ、お前の場合じゃ二度と地上へ廻ることがないよう地下牢住まいになると思うが」


男はそう言い終えると、再びその鳥籠(化物)を私のほうへ投げてくる―――


「……ひっ……!」


この鳥籠に閉じ込められたらどうなってしまうんだろう。

そう思うと悲鳴を抑えずにはいられなかった。怖くて、怖くて――


「ごめ……ごめんなさい……ごめんなさい…っ!!」


謝罪の言葉を何度も口にし、震えだす腕を抱きながら私は目を閉じた。

これで終わる。幸せだった毎日も、誰かと交わす喜びも、悲しみも、全て消えてしまう。 苦しい。

本当は嫌だ。 私が求めていたのはここなんだ。

人がたくさん溢れていて、暖かなこの場所でまだ生きていたい。

それに、千登勢のことだってまだ見つけられてない。彼女とは何か話さなくちゃいけないんだ。何を話すべきか、それは分からないけど、それでも――― 


 ガシャン!!


金属の何かが倒れたようなその高い音に私は身体をびくつかせる。………終わった…震える目蓋をゆっくりと持ち上げながら私は観念した。


「―――……え…?」 


目に映った先の光景に私は小さく息を吞みこんだ。


――私を襲おうとした鳥籠が、粉々の状態で私の数m先に散らばっている。

瞬き一つの間の後。男のほうも私と同じように驚いていたが、すぐに自らの足を私の元へと向けてきた。


「ふ……ざけるな…っ」


彼はさっきよりも低い声音で舌打ちながらそう言うと私の肩にその腕を伸ばしてきた。

……が


「…っ…?!」


鳥籠と同じくらいの位置で彼の手は弾き返された。……痛むのか、伸ばした手をもう片方の手で押さえながらも彼が私を睨んでくる。


「…力が残っているのか」

「……力?」


言葉の意味が分からず、私が聞き返すと……それまで彼の行動を静観していたあかが口を開いた。


「――お前は阿呆なのか?それとも馬……ああどちらにしろ同じか。

 我が力の残っておらんただの小娘風情を相手にしているとでも思うたか」

「……この、化物が」

「ほう…。…………お前、今何と言った」

「……っ」

「折角じゃし、良いことを教えてやろう。どの世界でも起こる様々な事柄や物事にはの、順序や種類、習慣、掟、言葉遣い等がある。…それがどうしてなのか、分かるか?」


あかが、にやりと口元を三日月のように歪めて彼に問いかけた。

……男が刃向ってすぐ、彼女の纏う雰囲気が明らかに変わっていくのを私は肌で感じていた。

それは、先程までの彼女が穏やかそのものだと感じられるほどに…暗く、暗く――底から生えてくる"何か"を瞳と声音に交えているかのようで…。


そして、何も答えない彼に対して彼女は心底うんざりした様子でこう続けた。


「相手にしているのがどの程度のものなのかを判断し、身を守る為じゃ。…お前のような脳無しの存在には一刻も早く消えてもらわねば我の気が済まん」

「…………消えろ、二度と生まれてくるな」


険のある口調でそう言い放つと、彼女は地面を一蹴りする。

……すると、彼女の先にある空間……彼が立っている地面ががくがくと揺れ出した。


「くそっ……」


今にも罅が入ってきそうな地面に舌打ちすると彼はこの部屋を出ていった。…その姿を皆がらくくっ笑んだ彼女は、どこからどうみても悪魔にしか見えない。

同時に額から落ちてくる汗にはっと気付いて、私は焦りながら言った。


「こ、ここから離れないと……!」


一体何を起こしたのかを訊ねる前にこの現状をどうにかしないといけない。話が出来る場所まで移動出来れば…


「…何を馬鹿みたいに慌てておる。我の周りにいる時点でここが安全じゃということくらいお前も分かるじゃろう」

「で、でもまだぐらぐらしてるし地鳴りも続いてるんだけど…!?」

「……直に止む。少しは落ち着かんか」


溜息交じりにそう返された数秒後、その言葉通り地鳴りもぐらつきもなくなっていく。遠くではまだ続いているようだけれど……少なくとも私の近くは落ち着きを取り戻したようだ。

そうして周りを見渡した私の視界は……有り得ないものを見つけてしまった。

……さっきまで罅があった場所から更に罅が伸び―――その、反対側からまるで消しゴムか何かで消したように罅がどんどん薄れていって……やがてそこには綺麗な床だけが残った。


そして伸びた先はというとこの部屋の扉の向こうへと続いていて……… まるで彼を追いかけているようだ。

私はそれを一瞬夢だと考えて……たけれどこれは夢じゃなく現実で受け入れなければならない限りある時間なんだと改めて思い出し、かぶりを振った。 



「…あか」

「何じゃ」

「…あかって何者なの」

「……どこからどうみてもただの童(わらべ)にしか見えないじゃろ?」 


ただの童は固い床(地面)に罅を入れきれないと思う……。


「それより早く動かないとあ奴がまた来るぞ」

「っ…!」

「…ほら」


あかが近くにある本棚を軽く押すと、隠し部屋のようなものが現れた。


「……何これ」

「今更何と聞くのかお前は」

「…何でも有りなの、ここ?」

「そういうことじゃ。あまり細かいことは気にするでない」


あかはそう言って懐から長方形の薄い紙を取り出すと私に手渡してくる。


「ほれ。お前が待ち望んでいたものじゃ」


「…え?」

「笹凪……いや―――日塔彩希(ひとうさき)に会いに行くのじゃろう?」

「日塔……」

「…一つ、忠告をしておくぞ。お前の記憶は今危険な状態じゃ」

「え」

「三つ以上のことを同時に思い出せばそこでお前という存在は跡形も無く消えゆく。絶対にな」 「………」

「じゃからこそ我は試した。お前が田中小町で在り続けるのか。もしくは……全てを思い出し消えるのか。……要らぬことを喋り続けて馬鹿みたいじゃの」

「あか………」

「どう誘導したところでお前は"自らのこと"を思い出さない。…お前が思い出すのは決まってウツシミであったときか周りのことばかりじゃ」

「夏にお前と接触し、あの話まで持ち出したのも、お前に記憶を取り戻させる為じゃ。お前に思い出させ、笹凪千登勢にも諦めがつくような流れを繰り返せばここも終わるんじゃろうと思っとった」

「…結果はご覧の有様じゃ。これを望んでいなかったわけではないが……」

「……この世界の繰り返しが終わってしまえば、我は………」


小さくなっていく言葉に、私が続きを促そうと口を開く。…けど、それよりもあかの続きのほうが早かった。


「…さ、こんなところで時間を食うわけにもいくまい。早う行け」

「………、あか」

「何じゃ。礼なら聞かぬぞ」

「違う。そうじゃなくて」

「…礼儀のなってない小童め」

「………先生と、もう一度話がしたいの。だから」

「………」

「……なら後ろを向いておれ。すぐ済む」


言われた通りに後ろを向くと、小さくあかが何かをぶつぶつと言っているのが聴こえてくる。


「絶対に振り向くなよ。――お前にとって一番危険なのは我じゃからの」

「………」


それがどういうことか訊ねたくて振り向きたい衝動に駆られる。けれど、私はそのまま振り向かなかった。 ……今彼女の邪魔をしてしまったら最後、もう千登勢に会えないような気がしたから。

すると、光がこちらまでかかってくる。……数秒経つと光は薄れ、やがて元の暗さまでに戻ったところで 私はあかの名前を呼んだ。


「あか……もういい?」


………。


「あか……?」


…いくら呼んでも返事が無くて、声に不安が乗ってしまう。


「………、後ろ、向くよ?」


一つ確認を取る。きっと駄目なら彼女はここで強く否定してくるだろう。

……けれどその言葉にも彼女は何の反応を示さなかった。

そのことで不安が最高潮まで達した私はすぐに後ろを振り向いた。


「………、……なんで…」


――そこには何も……誰も、いなかった。

…あかが立っていた位置まで歩き、地面を見下ろす。

振り向き、彼女がいないのを見て私は逃げたのかと一瞬思った。けど、 


『絶対に振り向くなよ。――お前にとって一番危険なのは我じゃからの』


…もしかしたら、助けてくれたのかもしれない。


『例えお前がどんなに半端者だとしても、我の力の一端を担った人間の末路はしかと見届けねばならない』


『それが力を与えた我の責務であり、……人間を頼ったあれの罰でもある』



「私を先生と会わせなかったのは……」


―――その罰、なんだろうか。

人間を頼った、とあかは言っていたけれど……私を頼ったのならウツシミと言い換えるはず。

……私の知らないところで先生も何かあったのかもしれない。

私はそこで一旦考えるのをやめて、扉の取ってに手を添えた。


「……」



……けど、私は動けなかった。

この先にいる彼女は………一体どっちなんだろう。

私の知る"笹凪千登勢(彼女)"か。それとも、"日塔彩希(全く知らない人)"か。


「………」


…もし後者だとしたら、私は一体どういう態度で彼女に伝えればいいんだろう。

おばさんが心配してるから一緒に帰ろう?

……果たして、私の言葉で彼女は一緒に帰ってくれるんだろうか。

…あかも、言ってた。


『お前は真実を知らずに怖がってる臆病者で自分のことよりも他人を優先する馬鹿な人間じゃ。心配された側はそんなお前を見てどう思うじゃろうな』


……自分のことを理解ってない時点で、相手にもされないだろう。


『あやつがお前に助けられることを望んでいる、とでも?…お前のそれは身勝手な理想像を相手に押し付けてるだけじゃろう』


他人を優先している、なんて綺麗な言葉だった。……私は自分の都合ばかり気にしていた。


『ならば頭が猿以下でないことを願って問うが。 あやつはどんな気持ちでお前の元を去ったんじゃ』


 私に関係しているいくつかのことから逃げる為。だって彼女も、私と似ていつも自分よりも他人を優先するから。


『他人を優先する馬鹿で愚鈍止まりなら、このくらいは理解るじゃろう?…あやつの想いを無碍にしてでもお前は探すのか』 


 ………。 



 『――なれば我はお前に問おう』


『記憶と感情(心)から逃れ……お前は友よりも自分を選ぶのか?』  





 私は……。










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