『いつも通りを望んだあの子の日常は。』・・・3/3


 作:星喰(hoshikui)


設定

1/3
2/3
3/3 (ココ)


他の話へ  










 「…逃げるよ」


言葉にすると、一気に気持ちが定まっていく。いつまでもここにいたら…自分が自分でなくなりそうで怖い。

だから、今は逃げるしかないんだ。この先にいる彼女と一緒に。

……そこまで考えて、思わず笑みが零れた。

こんなときでさえ私は自分の都合のいいように動こうとする。

 …仕方、ないじゃない。 だって私には自分がどういう人だったか忘れてしまったんだから。

…きっと思い出せばこの先にいる"彼女"とも上手く話が出来るのかもしれない。けど私は…怖かった。

…そうまでして、ここまで生きてきた田中小町(私)を亡くしたくなかったから。

これまでにあったたくさんの思い出を…私は絶対に亡くしたくない。


「…忘れるのは、一回で充分」


そう呟き…私は再び取っ手を握ると、そのまま扉を開けた。

簡単に開いた扉の向こうから……再び光の集合体が私に襲い掛かってくる。私はそのまま扉の向こうを進み始めた。

初めは光がたくさん溢れていて何も見えなかったけれど…進んでいくにつれ段々と地面がでこぼこしだし、周りが暗くなって、耳鳴りのような音までし始めた。

それでも私は一歩一歩前に進む。雷が鳴り響き、小さな落とし穴に躓いても、立ち止まらずに先へ。

 

そうしてどのくらい歩いただろう。


じわじわと額から汗が滲み、歩くスピードも落ちてきた。


「……っ」


…一瞬、足にぴりっとした痛みが走る。下を向くと、靴下が少し破けていて…その周りに、染みのような何かが広がっていた。

構わずに前に進むと、今度はシャツが引き裂かれる。立ち止まって確認すると、腕に一本、二本と赤い筋が出来ていた。

その軽い痛みに耐えながら再び進むと、今度は両足が金縛りにあったかのように動けなくなった。

いくら手で叩き、腰を動かしてもぴくともしない。私は唇を噛んだ。


「っ………」


動け。早く。痛みを感じて早く動け。

唇を強く噛んで、心の中でそう命令する。

……確かに、私には田中小町じゃない別の人の記憶があるのかもしれない。だけど今このとき、私は田中小町として笹凪千登勢に会いに行くと決めたんだ。このままここに居続けるわけにはいかない。私は噛む位置を唇から舌へと移動させる。


「………」 


食事や会話の度に唇を舐める舌を一度歯で軽く挟んでみると、 ぐにゃりとした柔らかさが歯全体に伝わってきた。

……これをなくせば、私は生きていられなくなる。

いや、もしかしたら生きれるのかもしれない。

…だけどこれ以上何かを無くしたまま生きることに、私は耐えられるんだろうか。 




「………」



…あの日。幼い私が事故に遭ったとき。私は私自身がどういう存在かを認識することを拒絶した。

……幼い私がようやく周りを受け入れ始めた頃だったことも あって、それは尚更だった。事故のあと、部屋で目覚めて私が最初に見たのは、千登勢の泣き顔だった。

どうしてそこまで泣いているのか分からなくて、私は何度も心の中で自問自答した。 


誰が千登勢をそこまで泣かせたの?

…私は何をしていたの?

これ以上泣いていたら、もっと頭がぼんやりするよね。

何か冷たいものを持ってこないと。

……でも、なんだか眠いな…。


『……………』


そのとき、千登勢は何かを言っていた。

私はぼんやりする頭でそれがなんだったのか聴き出そうとする。

…けれど深い眠気の所為で声が出せなかった。

代わりに私の口からは一つ、二つと寝息が零れた。


『……ん………な……』

『………』 

 『…………なら、……のに』

『いっそこまちが、』


私が?


そう思った瞬間一気に眠気が襲いかかってきて、私はそれ以上彼女の言葉を聴けなかった。

……でも今ならあのとき彼女が何を言っていたのかくらい予想出来る。

千登勢は……


「……っ…!」


初めてであったときのような暗い瞳に涙をいっぱい溜めて――私じゃない、私を呼んだんだ。


助けて、辛い、と。

私は今の今まで彼女の明るい顔色が彼女の素顔なんだとばかり思っていた。

明るく、キラキラした瞳。

ハッキリしていて、高く女の子らしい声。

元気且つ行動力に満ち溢れた前向きな性格。


 …全部、私とは違うものだ。

そして……それは彼女だからこそ出来たことだ。


だって彼女は…… ―――私を、諦めていたから。 


「……っぅ……ぁっ……ああ‥…っ!」


それに気付いた途端、瞳がかっと熱くなった。

きっとあの子の性格はそんなものじゃなかった!

私が彼女の求めた私じゃないと知って、彼女は自ら忘れる努力をしだしたんだ!

性格を代え、髪を括り、可愛い服装をし、声を高めさせ、表情を、作り…


 「――こまっちゃん」


……その作られた瞳で、私のことをそう呼んだ。

意味が分かると同時に胸を締め付けるような痛みが襲いかかってくる。

…本当にその通りの存在。――私は彼女にとっての"困ったちゃん"だった。

記憶の底に埋められた本当の私がいないこの世界(場所)で、彼女は私じゃない私を求めていたのだから。 







初めて彼女に出逢ったとき、私にはその記憶がなかった。同時にその頃は華那姉が亡くなって数年が経っていたこともあって私は私を無視し続ける彼女の存在を気にかけてしまった。

…自分のことがあったからなのかもしれない。その頃の私は、もう周りに難色をつけることなく自分が置かれている環境を自然と受け入れられていたから。

そして彼女との一部欠けた歯車が微妙な位置でかち合ったのは、あの桜の木の下だった。

あの公園に行く度にそのときまでに生まれ、暴れていた感情の波が落ち着かせてくれた。

それはどうしてなのか。…考えてみれば答えはすごく簡単なことだった。


"あそこが私の元いた場所と、なんとなく似ているような気がしたから"


ベンチに腰を掛け、公園を眺めている私と。

樹海のようなウツシミの世界で、椅子に座り周りを眺めている私。


 そのどちらもが重なり、死んでも尚私は私としてここに在るのだと分かったから。だから私は安心できた。

決まりを破ってこの世界に廻った私は…生まれてから二年経つとすぐにこの世界を拒否し始めた。 視界に入ってくる全ての色彩を拒み、拒絶し……受け入れられずに一人で目も耳も口も閉ざした上に心まで閉ざそうとしていた。

気分が悪かったんだ。 ここが自分のいるべき場所じゃないと。頭のどこかで理解していたからなのかもしれない。…そんな手も付けられない状態の子供の前に現れたのが、私と同じ存在の華那姉だった。幼い私のそんな状態を見て同情した彼女は、私の遊び相手になろうとした。親も、彼女さえも受け入れられなかった私はよく彼女たちに物を投げつけた。

けれど泣き喚いて一人にしてくれと願いながら私が投げたものを受け止め、 彼女は私の元へ歩み寄った。そんなことを何回も繰り返し、ようやく私が落ち着いてきた頃…彼女は私に色(この世界)を受け入れさせようとしてきた。

――けれどその時点で私は大体の色を受け入れ始めていた。 

何故なら彼女も私と似た存在…記憶を失ったウツシミで。その記憶を呼び起こすことと引き換えに私がここを受け入れられているのだから。 

通常…記憶を失った上で廻ったウツシミは新たな人間へ生まれ変わり、何の異常もなく人間として生きていられる。…もしも記憶を無くさずに廻った場合、生まれ変われるのかは怪しい。それにどんな人間に生まれ変わったとしても必ず何らかの"異常"を持ってしまうだろう。…幼い私がその一例だ。

 自らの存在、そしてこの世界を認識してすぐに私は壊れてしまった。幼い子供が泣き喚くだけならまだしも……どんなものでも人に向かって投げつけ。壁紙を剥がし。床を足で蹴ってへこませ。……挙句の果てには窓という窓を全て割ってしまう。そんなことを幼い私は毎週繰り返した。

……正直、精神が病む程度で済む話じゃない。眠りにつくまで続くそれに両親はよく耐えたと思う。

病気や障害の疑いもかけられたけれど言葉や話も難なく理解できた上に受け答えもしっかりしていることから先生からはどこにも異常はないと診断さ(言わ)れた。

…次に精神科医に連れられたときは酷かった。障害があるのかどうかを確かめられたときは相手の顔は見えず辺り一面真っ白な一室の中、電話で答えていたから難なく終われた。

……けれどそこで私は目隠しをし、一対一でその人と話をすることになった。

当然注意すべき点を親から伝えられていたとは思う。けどその人は油断して私の目隠しに手を伸ばしかけ―――私の視界に僅かな色を見せた。そして腕に触れ…次の言葉を口にされかけるより先に私は立ち上がり、自分が座った椅子に手をかけ、地面へ叩き飛ばした。

恐怖の叫び声をあげながら、周りにあったものというものをその人にぶつけるように投げつけて叫び、投げつけ、叫び、投げつけ叫び投げつけ叫び投げつけ叫び投げつけ叫び 投げつけ叫び投げつけ叫び投げつけ叫び投げつけ叫び投げつけ投げつけ投げつけ投げつけ 投げつけ投げつけ投げつけ叫び叫び叫んで…


そうして気が付いたときには見慣れた自分の、光も色も一切何もない古臭い部屋で眠っていた。

意識を失う直前に見た、自分とは違う光溢れた目に暗闇が差しこんだ瞬間を思い出し、気分の悪さと共にあたりに吐き散らかした。アイマスクをしていたお蔭で私の視界にその色を入れることはなかったけれど…漂ってくる腐臭に更に気分が悪くなり、私は再び気を失った。


記憶の混濁が始まったのはこの頃からだ。私は今まで華那姉とは保育園で出逢ったとばかり思っていた。

…実際はそれよりも前に知り合っていて、その上彼女を傷付けることばかり私は繰り返した。

だから彼女と出逢ったと思っていたあのとき、私は既に周りの色を多少受け入れ始めていたんだ。

……同時に、彼女は私が自分を忘れていることよりも自らの記憶を取り戻すことを選択してしまった。そして、私と一緒にいることで彼女は自分の中にある"異常"を思い出してしまった。

…彼女はこの世界から消えた。

一緒にいた人も巻き込み……全て、無かったことにした。

……周りを見渡してしまった彼女のあの言葉が耳に響く。


『幼稚園でもたくさん友達作るんだよ。1人ぼっちにならないでね』

『…きっと小町ちゃんならこの部屋(世界)に色が付いても大丈夫だよ』


……彼女は私に、もう自分がいなくなることをその時点で伝えていた。

けれどその意味が分からなかった幼い私は嫌な予感だけを抱え… 最後までそのことに気付けず彼女を見捨ててしまった。

もしもあのとき彼女の死体を見ていたら、私も道連れにされていたんだろうか。

結局私はあのあと彼女が亡くなった辛さに耐え切れず、彼女と作った思い出のいくつかを記憶の奥底へと沈ませた。


"大切な人"から"昔よくしてもらった従姉妹"へと変え、彼女が亡くなったことに対して悲しく寂しい気持ちだけを残し、私は大事に大事にしていた彼女の思い出のほとんどを記憶の底へと放り投げてしまった。


 ……その後、その空になった部分を埋める為に私は周りを受け入れだした。

周りの景色も、こんな自分とは違う人間も、全てを見渡して――私は自らの中にあったもの全てを別のものへと映し替える。

――そうして私は彼女の死と同時にそのときまであった自らの"異常"を捨てた。 



 ……こんなに歪な変わり様はない。

きっと、私を大事に想っていた彼女なら喜んでくれることだろう。…けど私は。今そのことを記憶の底から引っ張って思い出した私は。……どうしようもなく辛くて、悲しくて、目の端や口内に溜まった それらを無様に頬から床へと落としていた。

そして思い出しても尚、相変わらずこの場は静かだった。

誰も来ない。

誰も来てくれない。

…雪のような冷たさに満ちたこの場にいると、心まで寂しい気持ちで埋め尽くされそうになる。


……涙で歪む視界の中に一つの影が浮かんでくる。

それは無色透明で、瞬き一つすればすぐに消えそうなほど薄い影だった。私はじっとそれを見つめる。

そしてその影へ向かってゆっくりと手を伸ばす。

その腕を掴むと、手の中に暖かい感触が伝わってきて……ここにいる。私は直感的にそう思った。






「千登勢」 


私はその薄い影――千登勢に呼びかける。

瞬間、足の痺れがなくなり、少しだけ周りが明るくなった。


「………なあに、こまっちゃん」

「…………」


視界に現れた影が急速に彩られていく。じわりじわりと浮かび上がってくる顔とその声に、私はまた少し涙を流した。


「こまっちゃんが泣くなんてよっぽどだね。何かあった?」

「…………いい…」

「………」

「……もう……いい……から…」

「何が?」

「………私、消えるから………千登勢は…」

「…どこに行くの?」

「っ………」

「………」

「……………なんで、私と同じこと言うのかなこまっちゃんは」

「え…?」

「小町が原因であそこを離れたわけじゃないよ」

「……じゃあ、」

「…ほとんどは自分の為だよ。自分を守る為に私はあそこから離れて見てた」

「……」

「…ここに来たってことは、あの人にも会ったんだよね。どこまで聴いたの」

「あの人…?」

「小町が名付けたあの子のことだよ」

「………」

「………」

「……夏休み、電話したでしょ……ほら、私が学校で…」

「うん」

「……そのときあかに、ここが繰り返しの中だって教えてもらったけど…」

「………」

「…それ以外はここに来るまで自力で少しずつ思い出した」

「………そう。じゃあ薬利華那のことも思い出せたんだ」

「……、知ってたの…?」

「…見てたし、知ってるよ」

「………」

「…ねえ、そこまで分かったなら…ここがどういう場所か小町には分かる?」

「…………。…記憶の、中…?」

「…繰り返し、だから?」

「………」


……その声音に、頭の中が真っ白になって何も答えられなかった。

さっきまでの明るかった声音が……暗く、ひんやりとした冷たさに包まれている。


「……概ね当たり。でも正確には少し違う……ここは、」


「ここは私自身の意識の底だよ」


「……………」  

「………ここまで言えば分かるかな。小町、私はね――死にかけてるんだよ」

「……え………?」

「そのお蔭で私は意識の底からここを夢見ることが出来た。だけど……」

「ま、待っ…て。死にかけ、って……ど…ういう…」

「自殺したけど急所は外したから……意識不明の重体… とはいえ結構日が経ってるだろうし、植物状態……悪くてもう死んでるんじゃないかな」

「自殺って……なんでっ!?」

「そんなの生きていくのが辛かったからに決まってるでしょ。私にとってあんな場所もうどうでもよかった。だから死んだ。それだけ」

「……千登、勢…」


それはなんでもないことのような、あっさりとした口調だった。私と千登勢の間にある空気が段々と変わっていくのを感じながら……私は、彼女を本当の名前呼んだ。


 「………………日塔、彩希……」 

「……それもあの人から聴いたの?」 

「っ……」

「…そうだよ。私の本当の名前は日塔彩希。小町は、…………小町だよね」

「………」 


いつか、同じことを聴かれた気がする。…私は、私だって。

あのときは意味が分からなかったけど…… 

私が………死ぬ前の、私なのか。…彼女はそれを知りたかったんだ。

……そして、今も。


「……私は、田中小町だよ」

「………」 

「清藤市で生まれ育った中学生で、千登勢や侑子達と一緒に学校に行って…程々に勉強して程々に遊んで、それでよく千登勢が騒ぎを起こす度に私まで巻き込まれて、その過程で侑子と出逢って……なんだかんだ思い返してみれば別に彼氏作らなくても 意外にわたし青春してんじゃんって思って……」 

「………だから、絶対にこの思い出は失くしたくないの。  …今まで出逢った皆と、"笹凪千登勢"の為にも」

「…"笹凪千登勢"はもういないよ」

「ううん、いる。私の目の前に」

「違う。私は"日塔彩希"。……"笹凪千登勢"じゃない」

「………」

「…………じゃあ日塔彩希さん、ひとつだけ聞いてもいい?」

「何」

 「―――……本当に、貴方にとって"あんな場所"はどうでもよかったの?」

「………」

「…さっき私が記憶の中って答えたとき、概ね当たってるって言ってたよね。………なら、どうして私と一緒にいたときあんなに笑ってたの」

「…それは」

「自分の為?………自分の為を思うんなら私なんて無視し続けてればよかったんじゃない。…初めて会ったときみたいに」

「………」

「それでも私と一緒にいてあんなに笑って騒ぎを起こして、思い出までどんどん作って ……それで本当に"あんな場所"がどうでもいいなんて思ってる?」

「………」

「それでも貴方が日塔彩希だって言うなら、その通りなのかもしれない。……けど、本当に一欠片も"笹凪千登勢"だった気持ちはなかったの?」

「……」

「……貴方が日塔彩希だと言われても私は信じきれない。けどそれは貴方も同じだって分かってる。私がこんなに言葉で伝えても 伝わらない部分がいくらでも出てくると思う」

「――だから貴方も話して、どうして自殺したのか。具体的にどう辛かったのかを」

「………」

「…………いいの、思い出すかもしれないんだよ」

「…そのときは、そのとき。私の意思はそんなものだったって潔く諦める」

「……」

「けど私は今まで作った思い出と、千登勢のことを信じたいから。だからもし貴方の話を聞いても私が私でいられたときは、今私が言ったことに対してちゃんと答えてもらうよ」

「………」  


千登勢……ううん。日塔彩希さんは私の言葉に少し間を置くと、再び話し始めた。


 「ここは何でも私の思い通りに出来た。…当然だよね、意識の底(夢)なら何でもできる」

「……」

「家族も大切な人も皆寿命を迎えるまで生きて。平穏で……現実の私が一番強く望んだ普通の日常。  …だけどいくら平穏で有り続けてても叶樹(きょうき)だけは見つからなかった」


……叶樹。おそらくそれが千登勢が望んだ彼女の名前なんだろう。私はその名前を頭に留めながら、彼女の言葉に問い返した。


「夢の中なのに?」

「………確かにここは私の夢の中だけど……そう都合よく上手く事が運んだことなんて一切なかった。…それに、もしそうなったら今私が見ているのは明晰夢(めいせきむ)ってことになる」

「明晰…?」

「睡眠中に見る夢を夢だと自覚した上で思い通りに夢の状況を動かせる夢のこと。…まあゲーム的に言えばチート技みたいなものだね」

「明晰夢じゃないなら……ここって」

「………」

「小町も会ったんだよね。あの人……あか、に」

「うん…」

「…どうしてあかが私達のことを知ってたのか不思議じゃなかった?」

「それは…」

「まあ……この点に関しては私の話を聞いたら思い出すのかもしれないし後に回すよ」



 そう言うと彼女は小さく息を吐き、長い長い昔話を話し始めた。 


 


 私が生まれたのはここにあったような暖かくて穏やかところじゃなかった。…まるで年中冷蔵庫に放り込まれてるくらい、空気が冷たいとこだったよ。

私の親は生き物とか……そういう生物学的なものを研究する仕事に就いてて ……うんそう、研究員って感じ。二人共すごく頭がよくて日がな一日中研究以外のことは放棄してるくらいの生き物マニアでさ。私を産んでからもそれは変わらなくてね。だから自然と私は毎日家で留守番することが多かったよ。

小さかったときは両親の部屋にあった本とか読んで気を紛らわせとかないと結構本気で寂しくて泣いちゃいそうだった。で、まあ娯楽なんて何にもないとこで親の研究に近い感じの本ばーっかずっと読んでたらさ、私も親同様に頭の出来が少しずつよくなってきて…幼稚園くらいのときにはもう小学校の勉強ほぼマスターしてた。読み書きも3歳で楽に出来てたかな。…まあこの話は別に信じても信じなくてもいいよ。

……「千登勢」を見てたら、信じられなくても当然だと思うし。

で、そんな他人から見ておかしかった私は当然周りからあまりいい目で見られなかった。幼稚園もそうだったんだけど、小学校って色んなところから同い年の子が集まる場所じゃん。だから結構子供ながらに期待してたんだよね。近所の子ばっか集まる幼稚園よりかは遠い場所からも集まってる子がいる小学校ならこんな私でも色んな子と仲良くなれるんじゃないか、って。……まあ結果はダメだったけど。

何が楽しいのか同じ幼稚園で同じクラスになった男の子が突然教室内で私のこと色々脚色交えて悪いように話だしちゃってさ。 それで皆引いちゃってすーぐ私の近くから逃げてったよ。

…今ならあれも仕方ないかって思えるんだけどね。 ……けどあの頃の私はその男の子のこと消してやりたいくらい許せなかった。だってこれから6年もその小学校で過ごすんだよ。最初の第一歩は確実に踏み出したいと思うのは何も変なことじゃない。

……でもそいつは私の一歩さえをも踏み潰して楽しげに先を歩いていくんだ。考えてみれば卑怯だよね。男の子なのに女の子みたいなせこいことして人の期待を平然とした顔で踏み潰してるんだから。 

…けど、そのこともあって気付いちゃったんだ私。性別とか他人のあれこれとかは特に関係ないんだな、って。よく物語に出てくるヒーローは綺麗事や正攻法ばかり使って正々堂々と戦ってるけど…… ――私がそのとき目にしたのは夢や希望で溢れたフィクション(虚構)なんかじゃなくて 紛れもなくノンフィクション(現実)だった。ただ、それだけの話。

……あんな環境でも… ……ううん。だからこそ希望を高く持ちすぎちゃったんだ、私。

結局それ以来学校に通えなくてさ。また昔に逆戻りして家に籠もってたんだけど ……

小3くらいの頃かな。父の兄……私の叔父が家に来てね。色々と話を聞いてきたんだ。学校のことだったり、両親のことだったり……叔父の優しい雰囲気に吞まれてつい話さなくてもいいことまで話しちゃったよ。……でも叔父は雰囲気だけじゃなくて本当に優しかった。

普通子供でも他人でもいじめられてること話したらも話したら面倒がるはずなのにさ。……叔父は私の話を聞いて泣いたんだ。まるで自分のことみたいに大人の顔をぐしゃぐしゃにして泣くからさ、子供の私まで泣いちゃって。

……うん。本当に、いい人だった。……その頃私あんまり両親と話してなかったから、叔父のことをどこかお父さんみたいに思ってた。たまにそう呼んでみるとやめなさいって軽く怒られちゃったこともあったなあ…。

叔父もね、お父さんたちと似た感じの研究してるんだ。っていっても叔父のそれは動物の病気とかそういうのを出来るだけ予防する術を探す為の研究なんだけど。 


 優しかった叔父は私のために周りのいじめのことを先生とかに話そうとしたけど、私は止めた。 

色々達観してる自分が話すことが他の子とあんまり噛み合わないことくらいは 自分でもよく分かってたし、下手に騒いで周りがまた離れて行くのを見るのは嫌だったから。

それにそのときはまだ両親が私より研究に忙しかった時期だったし… 誰かに苛められていることを突っ込まれるのも面倒でさ。もしそんなことされて結果大人なんて…ってそんな言葉でもう誰かを片付けたくなかった。……叔父っていう希望を、周りにいる大多数のゴミのように思いたくなかった。

それから2年くらいは学校に行かないで叔父の手伝いばっかして過ごしたよ。ただ、叔父は学校のことをすごく心配してくれてたから手伝いがなくて暇なときに中学課程までの飛び級試験を受けた。

…その結果余裕で合格して少なくとも小中学校までの心配はなくなったよ。…まあ、叔父はあまりいい顔しなかったけどね。……子供は遊ぶことが仕事だってよく言ってた人だから。

でも正直五月蝿いゴミばっかりいる学校なんかより叔父の私室のほうが有意義に過ごせた。だって周りの言葉に一々反応しないで済むから。

面倒だったんだよね、 相手の幼稚なからかいを塗り潰す(言い返す)のって。園児以下の暴言も吐かれたときはもう阿呆らしすぎて。思わずそこにあった花瓶で窓ガラス割っちゃったこともあったなあ。うん、すごく綺麗に割れたよ?暴言吐いた子もびびっててあれには笑ったな。面白くなって難しい言葉で罵倒したらすごい顔歪めちゃってごめんごめんって必死に謝ってきて。つまんなくなったから、花瓶に残ってた水その子の顔にかけてあげたよ。今までの恨みを〜っていうのは全然なかったなぁ。だって本当につまんなくなってかけちゃったんだから。


結局のとこ、私は周りで騒ぎ立ててる人と違ってハッキリしすぎた人間になっちゃったんだなってそのとき気付いたよ。欲や感情に忠実過ぎる、って言えばいいのかな。親も親なら自分も自分だってね。

それが本当につまんなくて、だから学校に行きたくなかったんだよ。…だから叔父の仕事に付き合ってるときはいつも楽だった。周りは子供扱いしてくるけど気にしなければどうってことないし、新しいこと知るのはすごく面白かったから。 叔父もお菓子くれたり色んな話を投げかけてくれて…


……………ほんと、あのときはすごく幸せだったなあ。 


 …それから数ヶ月経った頃、優しかった叔父が亡くなった。

私を見ることも、話しかけてくれることもなく…… ただただ眠るように。抜け殻だけを残して叔父はいなくなった。

……でも私は叔父が病気持ちじゃないって知ってたしすぐに亡くなるような傾向を見たこともなかったから何かあって叔父は死んだんだって思って、私はしらみ潰しに色んなもの調べた。

仕事の書類から彼が口をつけたものまで洗いざらいに。

……それで、ようやく証拠を見つけて……一層気分悪くなったよ。

誰がやったのかも特定できた。………ただやり方が陰湿すぎて吐きたくなるほど気持ち悪くて。 



「………」


頭の中に見慣れない葬儀の会場が映る。 次いで泣きながら何かを叫び散らしている女の子の姿が… 


「っ……」


頭の中を鈍い衝撃が走る。じくり、と何かに浸食されていくような……。私はその痛みを唾を吞みこんで耐えた。


「葬儀のとき、叔父の横で泣いてた私をその男は五月蠅いと言って蹴り飛ばした」

「………」


…彼女の声音が一層低くなったことに息が詰まる。


「その男は叔父と面会していたときに紅茶に毒の入った粉末を混ぜて出したんだ」

「…きっと叔父が倒れた後は飲んだカップでも入れ替えたんだろうね。だから警察は現場を調査しても何も動かなかったし気付きもしなかった」

「……じゃあなんで千登……日塔さんはそれに気付いたの?」

「…言ったよね、私叔父の手伝いしてたって。その男が1人だけで何かするのなら何かあるんじゃないかと思って叔父が亡くなるまでの数日の色んなデータを漁ってたら粉末を入手したデータが見つかった」

「……」

「…粉末に書かれた症状を見て、私はそいつを殺そうと決めた」

「………え」

「そいつの職場で火事を起こしたんだよ」 

「………」  


 

『じゃが話はここで終わりではない』

『えっ……』

『事件の進捗がないままの状態が続くと、当然彼女らの親は警察(彼ら)に任せきれないと考えた』

『 …じゃからある日遠縁がいるいう研究所を訪ね、これがどういう現象なのか親達は調べてもらおうとした』

『…結果は、でたの?』

『……』 

『……いいや出なかった』

『――――当日その研究所は火事に見舞われてしまったからな』 



 「………………」


『我が話したあれは、実話じゃ』


「千登勢が…殺したの……?」

「そうだよ。ここじゃないところで殺した」

「……」

「…勘違いしてるみたいだから言っておくね。――現実の火事で亡くなった人の中に薬利華那の両親もその友達の両親もいないよ」

「え……」

「ここ(夢)で火事を起こしたのは私じゃない。確かに、現実の私はそいつを殺したいほど憎んで火事を起こしたけど…私は殺人鬼じゃないから。夢の中でまで人を殺したいとは思わないよ」

「…それよりも、小町やその薬利華那が"ここにいること自体"がおかしいんだから」

「…おかしい?」

「………話が途中だったね。戻そうか」

「え、でも」

「私が自殺した理由を知りたいんでしょ?」

「…っ」

「どうせ私が今言ったのは簡単に分かることだし、あとで話したほうが楽だよ」

「…分かった」 


私が頷くのを見て、彼女は再び話し出した。


 「叶樹と出会ったのはそのあとだった。私がその男の息子を殺そうと追いかけ回していたときに」 

「えっ、なんで…」

「…叔父の葬儀のとき、息子が私に謝ってきたんだよ」

「………最初はその男が蹴り飛ばしたことについてかと思ったけど、違った。…あれは"男が叔父を殺そうとしていたことについて知っていた"表情だった」

「……息子さんって…」

「私と同い年だよ」

「だ、だったら仕方な」

「いくら小3でも殺人を誰かに教えて止めることくらい出来たはずだよ」

「…でもお父さんでしょう?その人にも何か事情があって止めきれなかったってことは」

「事情があったら殺人を止めないの? 家族が罪を犯すことよりも身勝手な恨みを晴らさせることを優先したって?」

「…っ」

「…修叔父さんがいなくなって……その男が焼け死んだ後も、私は両親や叔父の私室から何匹も小動物を連れ出してはこの手で殺した」


無感情の声でそう言って、彼女は感情的に地面を叩いた。


「それでも足りなかったんだ!! 刺して潰して抉り出して潰して踏みつけてぐちゃぐちゃにしても足りなかった!!」

「な、……なんで……なんでそんなこと…っ!?」

「………」

「……ひとじゃなかったからかな」

「……!」

「…なんて。さっき殺人鬼じゃないって言っておきながらたまに感情が高ぶると殺したくなるんだよ。我慢してるけど」

「……」

「でも安心してよ。私に小町は絶対殺せないから」

「え…?」

「………叶樹がさ、あの日私に言ったんだ。  ――『殺せないんでしょ』って」

「………」

「何度も何度も繰り返して言うから、苛々して叶樹も殺そうかと思った。一旦ナイフ仕舞って、油断させた隙に首でも絞めようかなって」

「でもそのあと叶樹は私がしたことに"つまらなくない"って訊いてきて……それで気付いたの」


「…ああこの人は私の心も、心の裏側にある理性的な部分をも見透かしてるんだなって」


「……」 

「私に殺せないって言ったのは、この手が殺しても殺しても殺し足りていないってことに気付いていて」

「…私につまらなくないって訊いたのは、その足りない部分をいつまでも埋められていないってことを暗に指摘していたんだ」

「……その上、感触とか味わいたいなら別になんて言われたら嫌でも何もかもを見透かされてるんだなって気付いて一気に殺す気が冷めた」

「…じゃあ……息子さんは無事なの?」

「…私が叶樹と会話してる間に逃げたよ。……そのあとで見つけたから殺すはずだったんだけど」

 「えっ…!」

「…殺ることがどうでもよくなったから」

「………どういうこと」

「…あれから私は叶樹と一緒にいるようになって、小動物を殺すことも減った」

「普通の人からみればもう既におかしく見えてるんだろうけど…それでも学校にまた通って、馬鹿して笑ってる他の同い年の子のように叶樹の傍で一緒に遊んだり笑ったりすることが増えた」

「叶樹にも色々あったからそれにも付き合ったり…………本当にあのまま一緒にいられたらよかったのに」

「…何か、あったの?」

「……………」

「………………………叶樹が、いなくなるって、言うから」

「え……?」

「……転校はしないし、死ぬつもりもないけど、……もう"ここにはいられない"って」

「………私と話すことも、一緒にいることも出来ないって」

「…日本から離れたの?」

「……そういう、ことじゃない。それだけなら私も叶樹を追ってる」


「……」

「……………ここまで来てもやっぱり思い出さないんだ」

「え……?」

「……」

「……いいよ、降参。…認めるよ……小町は小町だって」

「………」

「……あのさ、一つ聞いてもいい?」

「なに」

「私はその……叶樹さんって人だったの?」

「………そうだよ。――冠奈川叶樹、それが小町がここに来る前の名前」

「…冠奈川」

「義理の娘だって。叶樹もそう言ってた」

「……先、生が…?」

「………あの人が私を夢の中に居続けてくれたんだよ」

「それって…先生の所為で千登勢が」

「殺されてないよ。何度も言うけど私は自殺した。そのあと夢の中(ここ)であの人に会って…ずっとここに居られるようにしてもらったんだ」

「…叶樹さんとのことがあったから?」

「………」

「ねえ、なんで千登勢はそこまでして叶樹さんに執着してるの?…寂しかったから?」

「………」

「………同じ、だったから」

「…同じ?」

「何かを殺したい欲求しかなかった私と」

「………」

「葬儀の日……あの男にも言ったけど、同じ言葉を返されたよ。……私は人形みたいだって」

「そんな………そんなことっ」

「確かに私に感情や意志はあったよ。……けどあの頃それを表だって出したことは叔父の前ぐらいでしかなかった」

「…それを思えば、人形と対して変わらない」


…だから自棄になって小動物を殺してたのかもしれない。 千登勢は掠れたような声でそう呟くと、顔を俯けた。


「……殺すことに慣れたんだ」

「………」

「毎日一つくらい殺さないと自分がどうにかなりそうでさ」

「千登勢……」

「これで私の話はおしまい。………………還りたいならあっちへ行くといいよ」


言って、千登勢が私の道の先を指差す。


「帰るって……まだ私の話終わってな」

「……他に何を聞きたいの」

「何…って……」

「私がどれくらい叶樹に執着してたかなんて教えたところで小町は分かってくれる?」

「それは…」

「…それとも私がどうやってあの火事を引き起こしたのか聞きたい?」

「ちが…」

「じゃあこれ以上何を知りたいの。…私の口から何を言ってほしい?」

「ここは夢だって、今までのこともおかしな現象だって片付けてほしい?」

「そうじゃな――!」

「だったら早くここから出てってよ!! 叶樹じゃないお前なんてここには必要(いら)ないんだっ!!!」 

「…っ………」 



 その強く激しい感情を伴った拒絶に私は一歩後ろへ下がった。

……初めて見るそれに驚きと、ナイフのように吐かれたその切れ味の良さが混ざり合って胸の奥から急激に悲しみが押し寄せてくる。

…分かっていた。千登勢が私を望んでいないことは。彼女と話している間中頭の中で何度も繰り返して分からせていた。…けど、直接言われると……頭で分かっていても、苦しかった。

(………でも…)

確かに聴きたいことは訊けた。彼女の言う通りここから帰っていけばまた元に……。

元の場所に、戻れる?

私は元のあの家に戻れる?

……あの日常に?


「…千登勢」

「………」

「……一緒に帰ろう」

「………」

「…おじさんもおばさんも心配してる」

「………」

「うちの親だって、岳兄も心配して探し回ってくれてるんだよ。それに侑子も」

「……それが」

「………」

「……ここは夢だよ。いくら心配してくれたところでそんなの」

「っ!!」


私は、それを聴き終えるよりも先に彼女の頬を叩いた。 


「…ぃった………」

「…………夢だから、って何……」


伝わらない苦しさばかりが募り、悲しくて涙声になりながらも私は訴える。


「都合良く夢だからって……自分を心配してくれる人の気持ちまで嘘みたいに片付けようとしないでよ…!」

「……」

「ねえ千登勢、本当に千登勢の近くには叔父さんや叶樹さんしかいなかったの?

「…違うでしょう。他にもいたよね。きっとあんたが目を覚ますのを今か今かって待ってくれてる人がいるんだよ」

「そんな人……」

「じゃあなんでおじさんとおばさんはあんなにあんたの帰りを待ってるの。うちの親も、岳兄も、侑子も、私だって!!」

「私だって、早く帰ってきてほしいって思って……っ……………」

「………」

「必要(いら)ないなら、出会ったときのまま私を無視してればよかったじゃない。なんでずっと一緒にいたの。なんで…っ……」

「…………」

「気持ちなんて分かるわけないじゃん…………私は叶樹さんでも千登勢でもないんだから……!!」

「私は田中小町だ…っ!!笹凪千登勢を心配してる幼馴染なんだよ!!!」


襟首を掴み、ぼろぼろになりながら私は自身を自身だと強調する。

…そのときだった。


「―――そうね、歳も性格も違う。安心なさい、百歩譲っても貴方は絶対私じゃないから」


……後ろから凛とした声が響く。

驚いてそのまま振り帰ると……そこには長い黒髪の女の子―――あのときの、生徒会長が立っていた。 









『いつも通りを望んだあの子の日常は。』 ・・・  END 






 NEXT ・・・ 『いつも通りの日常は。』 
 *今月頃更新予定 *    






*この物語はフィクションです*
 作中に出てくる人物や名称等は架空のものであり、

実在の団体や組織、事象とは一切関係ありません。

また、特定の思想や行動を推奨するものではありません。






2/3





他の話へ


0コメント

  • 1000 / 1000