「いつも通りの日常は。」・・・1/3


作:星喰(hoshikui)


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「―――そうね、歳も性格も違う。安心なさい、百歩譲っても貴方は絶対私じゃないから」



……後ろから凛とした声が響く。

振り向くと、そこには長い黒髪の女の子……あのときの生徒会長が立っていた。彼女は腕や足、額から少し血を流しながらも涼しげな顔をしながら数歩先で私達を見ていた。


「叶樹…っ!」


そう言って、千登勢は彼女に近づいて彼女の腕に触れようとした。

(叶樹……って、この人が?)

私は千登勢が口にした名前にも――…その手が彼女を素通りしていったことにも驚く。


「…な、んで……」


それは千登勢も同じだったみたいで、何度も何度も腕や顔に掴みかかっていた。

 …… けれど、その手が彼女の腕を捉えることはなくて…。 


「当たり前よ。ここは彩希の夢なんだから」

「…………」

「で、一つ訊くけど………なんでこんなことした?」

「………」

「…あの人に頼ればどうなるか分からない程、私あんたのこと馬鹿だと思ってなかったんだけど」

「だって叶樹が…」

「…………本当にどうしようもない馬鹿ね」

「………」

「死ぬのは自由よ。彩希が死にたいならそれで勝手にすればいいって思ってた」

「――"けどこれは何?"」


…彼女は私を一瞥すると、冷たい目を千登勢に向けてさっきよりも低い声音を吐く。


「ご丁寧にウツシミまで巻き込んで。自分の世界に浸ってたらどうしようもなくなってたって?」

「その上私と同じ?……………巫山戯(ふざけ)るな」

「っ…!」

「あんたはただ私の真似をしてるだけよ」

「そんなこと…!」

「だったら笹凪千登勢が田中小町から離れたのは何。…ここで不安そうなこの子眺めながら愉悦にでも浸ってた?」

「違う…!」

「時間規律(タイムルース)のことを考えるくらいなら最初からこの子に本当のこと話せば私もわざわざこんなとこまで来なくて済んだのにね」

「………」

「これ以上続けるなら二度と夢を見れないくらいにするけど…。その心配はしなくてよさそうね」 


彼女はそこまで言うと、またその視線を私へと向けた。 


「二度目まして」

「…あ……ええと…」

「ここまで彩希に付き合ってくれてありがとう。でももういいから」

「え…?」

「…忘れたの?――貴方はウツシミ。早くここから出て正しい世界(現実)で廻らないと恐ろしいことになるよ」

「…あ……」

「…本来なら貴方はここに来るはずじゃなかった。ただ、記憶を消さずに廻ったことで運悪く彩希の夢の中に閉じ込められてしまった」 

「今も時間規律はこの夢の中でも貴方や他のウツシミを探してる。私も彼らから逃げてきたところで……言っておくけど時間あまりないから」

「…わ、たしどうすれば……」

「とりあえず一旦ここから離れましょう。それから…」

「――待って」


その横を歩いていく叶樹さんを、千登勢が呼び止める。


「何」

「……」


彼女は言い辛そうにして一度黙りこんだけど、すぐに続く言葉を口にする。


「…廻ったあと、小町はどうなるの」

「……」


そうだ。…廻ったあと私は一体どうなるんだろう。なんとなく元の場所に戻れると思っていたけれど……ここから離れるということは夢から…千登勢自身から離れるということ?

私は……


「知らないわ」

「…え」

「………そう言うと、思った」


その冷たい言葉に驚いた声をあげる私とは対照的に千登勢は苦笑していた。

知らない、って…。


「ここで時間規律に捕まるよりマシな方法を取ってるつもりだけど」


彼女の目が私に向けられる。


「もしもここから離れたくないんなら、早く言って。私もこれ以上あいつらに捕まりたくないから」

「……」


私は一度頭を整理しようと瞼を伏せた。

ここから離れたら私は千登勢からも離れることになる。折角ここまで来てぼろぼろになりながら訴えた後なのに……私はここで、一人で帰ってもいいの?

それに…… 


「あ……そうだ、レン」

「…レン?」

「あの、私と一緒にいた子が……途中ではぐれちゃって…」

「はぐれ、って………まさか。貴方が言ってるのは"郵便屋"のこと?」  


 『…僕の役職は『郵便屋』なんです。別名で『配達屋』とも呼ばれていますが…』


「はい、その子が……」

「…そういうことね」

「?」

「ここに来る前、その郵便屋とは会ったわ。貴方のことを見つけ次第助けてほしいともお願いされた」

「え……」

「あの子必死だったけど……何か約束でもしてたの?」


『約束します。僕は貴方がどうなろうとも、ちゃんと貴方のことを助けてここに再び戻ると』

『……どうか、お願いします』


「約束…、…………戻るって……」 


『僕が助けたいと思ってる、人は……薬利、華那という人です』


「その人を助けられたかどうか分からないのに……」

「…その人?」

「…あ、あの!」

「っ!?……な、何…」

「薬利華那って人、知ってますか?」

「……………、…薬利華那」

「はい」

「………」

「……彼女も貴方と同様のウツシミだった。だからいつ時間規律に見つかって何かされてもおかしくない」

「そんな……」

「…………」

「………忘れたのね」

「?」

「――No.7528645」

「……えっ」

「……自分がウツシミだってことは思い出してるみたいね」

「あ……」

「番号にも反応がなし、か……」


彼女はどこか考え込むような様子を見せ… だけどすぐに何かを決意したような表情で私を見据えてきた。


「私は貴方に今すぐ廻ってほしい。何であろうが貴方は私のウツシミで、今の私の一部を持ってるから」

「…一部?」

「分かりやすく言うと、分離。分け離れているの」

「……」

「死んだ人間と生きた人間が同時に存在しているとどうしても歪(ひず)みが出来る。だからこそ時間規律は何が何でも貴方を捕まえようとしてくるの」

「まあ…今まで捕まらなかったのは私達がしっかりと分裂していなかったからでしょうね。そのお蔭で痛みまで共有されてしまっているけれど」

「痛み、って?」

「………貴方のそれよ」 


そう言って彼女が自分の足元を指差す。

視線を移すと……そこにはここに来るまでに私がつけた傷痕と同じ傷があった。


「あっ…」

「分かった?これ以上分離を続けると私も貴方も困ることになる。だから早いとこなんとかしたいの」

「廻れば、こんなこともなくなるんですか…?」

「そうね。最悪貴方が消えても私は助かる」

「消え……」

「最悪の場合よ。時間規律(あの人達)に見つかったらどうなるかなんて私は知らないから」

「けど……私達が何も困らずに済む方法が一つだけならあるわ」

「困らずに済む、って」

「……彩希」

「……」

「そこでぼーっと傍観してるようだけど……これはあんたにも手伝ってもらわないと成立しないんだからね」

「え…」

「……二度も言わせないで、ここは"彩希の夢"よ。あんたが主軸になって動けばある程度の方法は上手くいく」

「けど今まで全然…叶樹だって……」

「今ここにいるじゃない。この子が」

「………」

「…あんた、この子をこれ以上不安にさせるつもり?」

「………それ、叶樹に言われたくない」

「は?」

「だって……叶樹も戻ってこないって、約束もしてくれなかった……」

「…私が出来ない約束を交わさないのは彩希だって知ってるでしょう」

「………」

「例え彩希が死のうが生きようが私は彩希の前からいなくなるよ。絶対に」

「……なら」

「彩希」

「………」

「あんた叔父がいなくなってから変わったって話してくれたけど、悪い意味で今も変わってないみたいね」

「……」

「私にばかり構って、私が面倒と思ってたのも知ってるでしょう」

「………」

「孰(いず)れあんたもその叔父と同じ場所へ逝く。親しくした人間一人いなくなるだけでこんな面倒事起こして…」

「き、叶樹にとってはそうかもしれないけど私は…!!」

「……黙れ馬鹿。あれほどあの人に頼るなって言って約束までしたのにそっちの都合で勝手に破りやがって」


ドスの聴いたその声音に私も千登勢もびくつく。そして叶樹さんは元の調子でこう続けた。


「彩希、あんたは周りが自分を理解してくれるのを待つんじゃなくてそんな周りを自分から理解する努力をしなさい」

「り…かい…って……」

「周りをこうだと決めつけてばかりのあんたは私から見ても窮屈過ぎるわ。心を広く持って、相手に考えさせるよりまず自分で考えなさい。そうしたら少しは視界も開けるものよ」

「……」

「……彩希、おじさんもおばさんもあんたが目を覚ますのを待ってる」

「…!」

「寝ないでずっとね」

「………」

「協力するでしょう。まあ私との約束を破ったんだし拒否権なんて一切与えるつもりはないけど」 


そこまで言い終えると、彼女は私に視線を向けて千登勢を指差した。

…あと一押しをお願いしているのかもしれない。私は何を言おうか少し迷いながら…彼女の名前を呼んだ。


「……千登勢」

「………」

「…帰ろう」

「……」

「皆、待ってる」

「…っ」

「……彩希、いくら自分が苦しいからって同じ苦しみを周りに味わわせる真似はやめて」

「叶樹……」

「そんなの、あんたに全然似合わないから」

「…………っ…」 


大きな瞳から涙が流れる。

その大きな大きな涙が地面に落ちると、その場所から私達の周りをゆっくりと明るい色に染めあげていった。


「だ……だって……叶樹がいなくなったら……私……一人で……っ!!」

「昔と違って頼れる大人もあんたの周りにたくさんいるでしょう。あんた結局何やっても子供なんだしもっとその人達を頼れ」

「でも……叶樹がいないの……いやだ……っ!!」

「なら仏壇でも作って私を死んだ扱いにでもすればいいよ。そうすれば写真で会える」

「…んでそんなこと言うの…!!嫌だよ離れないでよどっか行かないでよっ!!!」

「無理」 

「なんでっ!!?」

「……彩希は私に嘘を吐かせたい?」

「っ…」

「行かない、ここにいる、離れない、近くにいる。……そう言えば彩希は満足?」

「……ぅっ………っく……」

「私は叶えられない約束はしない。だからそれも聞き入れられない」

「……ぃ…ゃ……」

「――彩希、私はちゃんとあんたとお別れがしたかった。だからここまで来たんだよ」

「……」

「私はあんたが自分と同じだなんて一度も思ったことない。少し頭がおかしいだけの普通の子供だとは思ってたけど」

「………」

「早くそれなんとかしときなさいよ」


彼女は自分の目の部分を指差して千登勢にそう言うと、再び私のほうへ向き直った。


「今からやることについて説明するから」

「……」

「あの子の今後(こと)は貴方に任せるわ。…けど今はそっとしておいて」

「…あの、訊いてもいいですか」

「手短に」

「…!え、えっと……あのあと大丈夫でした?」

「あのあと…、……ああ。もしかして貴方が拒否反応を起こしてたときのこと?」

「はい……」

「……ちょうどいいし説明も混ぜるか」

「え?」

「簡単にぶっちゃけると、創作やファンタジーで起きるような不可思議な力が私と貴方にはある」

「……え?」

「おいそれと使えるわけじゃないんだけど、今からやることにそれを使うから」

「え、ええ…?」

「あのときの拒否反応もその力が反発した結果起きたことだから。それにもしあのとき何かあったなら私もここにいない」

「そうで……、あの……これから何するんですか」

「さっき言ったけど、分裂……私と貴方を切り離す」

「…切り……?」

「私から貴方という一部を切り取る、と言ったほうが正しいかもしれないけど」

「大丈夫なんですか、それ……」

「……大丈夫じゃないから貴方と彩希の力を借りるんじゃない」

「…私は何をすればいいんですか?」

「分裂するときに手を借りて、私と一緒に力を使ってもらう」

「力って…どうやれば……」

「………。そうか……分かるわけないか…」

「?」

「…今から私がやってみせるから。いい、決して口に出さずに覚えるのよ」

「え…」


彼女は地面に手をつき一度息を深く吸うと、ハッキリとその言葉を吐き出した。


「――我汝を問う。戻りし時を今この汝の目に現せ。地の力を受けし汝の身、ここに。狂気なる力で捻じ曲げられた運命の道筋よ、今ここに戻せ――」

「×××××××××」


(あれ……これどこかで……) 


 『狂気なる力で捻じ曲げられた運命の道筋よ、今ここに戻せ――』


(あのときあかが言ったことと、似てる…?)


…ぼんやりとしか思い出せないけれど、なんとなく似てるような気がした。


「覚えた?」

「あ……えっと…」

「…まあ分からなかったときは一緒に言うから。貴方は今の私みたいに地面に手をつくことだけを覚えてて」

「…分かりました」

「それで……彩希。もういい?」

「…………」


彼女が振り返ると、千登勢は目を真っ赤にさせて首を横に振っていた。 


「大丈夫みたいね」

「…全然大丈夫じゃない」

「言い返す気力が残ってるなら全然は取っ払ってもいいと思うけど…――時間がないの」


さっきよりも語調を強めて彼女は続けた。 


「分かるでしょう。もうじきここに時間規律が來る。…早くしないと何もかも手遅れになるのよ」
「…もう手遅れでしょ」
「………」
「彩希、ここを明晰夢にしなさい」

「……は?」

「聞こえなかった?…"この夢を明晰夢にして"って言ってるの」

「して、って……」

「ある程度の保証……にもならないかもしれないけど、あんたの協力が無ければいなくなるのは確実に私のほうだからね」

「はあ?なんでっ!?」

「実体を持ってる私があんたの夢にいることがそもそも危険なことだし、その上力を使ってここにまた歪みでも作ったらそれこそもっと危険な状況になりかねない」

「…叶樹……」

「けど夢の主である彩希にこの夢の状態を変えてもらえるのなら私が犯す危険性も低くなる」 

「…………」

「どっちを取ってもいいけど……もし本当に協力しないのなら強制的に私はこの子をここから連れ出すよ」

「え…!?」

「叶樹…っ!」

「私も自分の身は可愛いし。――というか本当に時間ないから。あんたに構ってる暇なんてないくらいには」

「…………………」


その言葉に、千登勢は俯いて唇を噛んだ。

(千登勢…)


「………………………………」

「……………………………叶樹」

「…何?」

「……叶樹は、人の感情を消すことが出来るんだよね」

「……そうね」


(感情……?)




色×支×さ××××××在―――




「っ……」


何かが頭の中で引っ掛かり、視界がぐらつく。けれどそれも一瞬のことで、続く2人の会話が私の耳へと入ってきた。


「ねえ叶樹。私……」

「………」

「私、やっぱり叶樹のことが好きだよ」

「ええ。私はそっち系じゃないし応えるつもりもないけど」

「知ってる。私もそういう言葉(こと)を伝えたつもりはないから」

「………」


「だからね――大好きな叶樹の手で私の叶樹に対する執着心を壊してほしい」


「えっ……」

「分かった」

「ちょ、ちょっと待ってください……!それ、一体どういう…」

「貴方は知らなくていいことよ。説明する暇もないから」


そう言って叶樹さんは服の中から小型ナイフのようなものを取り出した。…透明なのか刃の表面から先まで透き通って見える。


「それ…どうするんですか……」


私の質問に一切答えず、彼女は一歩ずつ千登勢のほうへ近づいていく。何も返されなかったことで嫌な予感が増し、私は彼女の腕に掴みかかろうとした。


「叶樹さん!やめてくださ――」


伸ばした手が彼女の腕を掴んだ瞬間。物凄い力で振り払われて私は地面に倒れこんだ。


「ぅぁっ!!」


衝撃に思わず瞬きを繰り返しながら顔を上げると―――私の目に、信じられない光景が映った。


「……!」 


…千登勢の心臓にあのナイフが刺さっている。

その透明な部分を赤く染めていくように、流れるように、"それ"は行き来していて。


「ぃ……いやあああああああああああっ!!!」


現状を理解するのと自分の悲鳴があがったのは同時だった。


「ち……とせ……千登勢…っ!…あ……ああっ……うぅ……っ…!」


あのときの八野先生の姿を思い出して吐き気がこみあげてくる。寸前でそれを止め、顔を上げて2人に近付くと…… もうナイフを抜き取ったあとだった。

……見ると、千登勢は気を失ったかのように横になっている。

…地面に血溜まりは広がっていなくて、その身体にも傷一つついていない。


「ぇ……、………え……?」


(さっき、刺してるように見えたのに…)

(もしかしてあのナイフ、刃物じゃなくて作り物だったとか……?)


「………あの、叶樹さ…」 


私が彼女を呼んだ瞬間―――突然地面が揺れだし、頭上から砂のような何かが降りかかってきた。


「!?」

「……さ、早くここから出ないとね」

「きょ…叶樹さんこれって…っ!?」

「彩希、早く起きて」


 彼女が千登勢の額を叩いて起きるよう促す。

その数秒後、少し痛がりながらも千登勢はゆっくりと目を開けて起き上がった。 


「……ぃ、……った……。…………あれ、叶樹?」

「遅い。早くここから出たいって願え」

「え、…ちょ、ちょっと待って!出たいって一体何が」

「早く願え」

「…ぅ、わ、分かった………」

「それから……小町、だった?」

「あ……はい!」

「今から一緒にさっき教えたやつやるから。手を貸しなさい」

「分かりました!」

「あれ……叶樹、その子」

「いいから何も言わずに願ってなさい」

「あ、うん…」

「?」

「いくわよ」

「は、はい…!」 


叶樹さんがしゃがみこんで繋いでいない反対の手を地面へつける。私も目の前でしゃがみ、同じようについた。


「――我汝を問う」

「戻りし時を今この汝の目に現せ」

「地の力を受けし汝の身、ここに」

「狂気なる力で捻じ曲げられた運命の道筋よ、」

「今ここに戻せ――」



「「何時(いつ)も通りの日常へ」」



言い終えたと同時に繋いでいた指先から腕にかけてびりびりと電流のような鋭い痛みが走った。

その痛みが酷くて手を離そうとするも、彼女の手が私の手をがっしりと掴んでいて離れない。やがてそれは肩、胸、お腹、足、頭、心臓にまで到達していき、きりきりと何かが破れ、壊れそうな感覚に気を失いかけたとき――――


「正気を持ちなさい」


彼女は静かにそう言うと、さっきよりも痛いくらい手を握り締めてくる。


「……っぅ…」

「気持ち悪いんだったら吐いて。そうでもしないと気絶するわよ」

「ぅ……っ……ぅぉぉえええっ………っ!!」

「……ごほっ………ぅえっ……ぅ……」

「………」

「……ぅ……っ……!!」

「っ…」

「………すぅ……はぁ……」

「叶樹……大丈夫?」

「平気よ。………そっちは出口、出来たみたいね」

「あっ……これが出口?」

「ええ……こっちはあともう少しかかるから…」



「――見つけたぞ」


「っ……彩希…壁を作れ」

「え、壁?」

「いいから早く!壁が出来るように願えっ!!」

「分、かったよ!」

「……チッ。そっちがそうくるなら…―――こっちも相応の手段をとらせてもらうからな!!」





揺れが酷い。

頭が痛い。

耳が、手が、足が動かない…。

視界が歪んでいる

苦しい。

息が、唾が、

何か吐いたあとのような腐った匂いが鼻についてすごく気持ちが悪い。

がんがん揺れている。

聴こえるのは、千登勢と、叶樹さんと……男の、声…?




「おらっ!おらっ…おらおらおらおらあああ!!!」

「っ……罅…入って」

「もう少し強固にさせて。それか壁の前に遠くまで続く壁でも想像して」

「遠くまでって」

「私達を囲む何重のもの壁よ。あんたが今しっかりしないと私達は死ぬわ。早くして」

「…叶樹」

「何」

「……もしもあいつがここまで来たら、――殺してもいい?」

「そのもしもが来ないようにして。……彩希の好きにすればいいわ」

「うん。……なんか全然身体動かしてない気がするから余計に殺したくってしょうがないんだよね」

「もしもを来させないようにしなさい」

「分かってるって」

「………」

「でもすごいねここ。私が願ったらすぐに刃物とか出てきた。あはっ、はははっ……」



「……あ、……そっか。壁の上から来ちゃったんだ」

「……彩希」

「うん。殺すね」

「……、…………行ってらっしゃい」

「行ってき、まーす!」 







「!?」

「ねえお兄さん。私と勝負しない?どっちが先に殺すか殺されるかの、とっても楽しい勝負(ゲーム)」

「……そうか、お前がこの世界の主か」

「早くしてよ。でないとすぐに殺しちゃうよ?」

「ふざけるな、誰がお前みたいな女に」

「隙あり」

「っ……!」

「ねえどこ見てんの?目の前にいるからって私がすぐ動けないわけじゃないのにさ。一瞬で背後とられたくらいで驚かないでよ、つまらないなあ」

「というかもっと早く動いてくれないかな、せっかくナイフ一本でハンデつけて相手してるのにこれじゃあ」 

「―――…っとに、つまんない」


 ザクッ


「ぐあっ……!!」

「あーあ。落ちちゃった。…ねえお兄さーん、貴方生前ちゃんと身体動かしてたー?」

「貴方の恰好って多分"ウツシミ"だって思ったんだけどさー、体力とかって死んでも変わんないわけ?」

「そんなんでよく叶樹を襲おうとしたねー。その程度の体力じゃかえって潰されちゃうだけなのに」

「私が相手でよかったと思いなよー?私は優しい叶樹と違って相手の人間をぐちゃぐちゃに殺して家畜の餌にでもするから」

「君のことも後残りなーく綺麗に片付けてあげるから安心してね!」

「……お前こそ……どこ……見てるんだ……」

「………。……あ、そっか。そっちにもいるんだね?」

「はっ…今頃あの女も…」

「うん。十分時間稼ぎにはなったね」

「……?」

「君は叶樹が君らのようなウツシミ如きに殺られる"人間"だと思ってるの?」

「……あの女は人間じゃねえだろ」

「そう。叶樹は"化物"だよ。私以上に強い―――」

「さっきまで地面に這いつくばってたけどな、その化物」

「………………は?」

「どっかで殺りあったあとだったし好都合だったんだが、あの女勝手に逃げやが」

「今なんて言った」

「はっ?がは……っ!!?」

「殺りあった?………叶樹が?……なんで」

「叶樹と本気で殺りあうのは私だ!!適当な嘘を吐くなよこのカス!!!」 







 「――まさか私が出向くことになるとは思いませんでした」

「っ………」

「……?」


甲高い靴音と、さっきとは違う男の人の声がその場に響く。断絶的に続いた痛みがようやく治まり始め、残った気力と共に顔を上げると…… 一人の青年が冷たい眼差しで私達を見下ろしていた。

…いつの間にか揺れも収まっていて、砂のような何かも落ちてこなくて。


「店主も見つけられればよかったのですが……まあ2人も揃ってるので上々ですね」

「さて―――No.7528645」

「っ……」


青年からその冷たい目を向けられ、私は息を吞みこむ。


「貴方は我々ウツシミにおける最大の罪―――記憶廻りをされました。よって」

「――貴方を二度と廻らすことのないよう私が直々に処刑させていただきます」 


彼は口許をあげ、私に断罪の言葉を吐いた。 その…空気が重くのしかかってくるような感じに私が何も返せずにいると…


「訂正なさいウツシミの王。この子はもう私とは違うわ。ただの人間よ」


彼女がそう言ったのと同時に痛みがパッと消えていく。…これで終わったんだろうかさっき言っていた"分裂"というのが。


「……そのようですね。…しかし、彼女が再び現世に廻れるとお思いですか?」


彼……ウツシミの王が片手に持った鎌を振り上げる。次の瞬間にくるそれが怖くて私は咄嗟に両手で顔を覆った。


「いいえ思ってない。だから話し合いましょう」

「………ひっ…!」


彼女の静かな声が効いたのか痛みがないことに安心して恐る恐る目を開けると……眼前に鎌の切っ先が見えて、思わず私は声を上げて後ずさった。

…ウツシミの王は鎌の切っ先を私から彼女のほうへ動かすと、感情の視えない目で彼女を見下ろして


「話し合い?………はて。今回の騒動、私達に何も言わずに動いたのはそちらでは」

「貴方達の手を煩わせる気はなかったのよ。本来なら早めに済ませようとしていたのだけど……こんな風に貴方が直々に出向いてくるまでの期間が掛かってしまったのは謝るわ」

「それはそれは。…しかし元来ウツシミの異常行動に対する処理は同族である私達の役目。例え貴方のウツシミであれそれは変わりません」

「ですが化物である貴方がこうして力を行使してくれたのです。あとのことは私にお任せを」

「あら、私を気遣ってくれるのね。ありがとう、これくらい全然平気よ。…私はこれからあの人の後を継ぐのだしこの程度で根をあげてちゃ世話ないわ」

「………」

「――あ、あの……化物って、言いすぎじゃないですか…?」

「……?」


怯えて縮こまってる癖して何を言うかと思われるかもしれない。けど、その言葉を人に向けて使うのはどうかと思った私の口がふと開かれてしまった。…二人の視線が集中する中、私は少しびくつきながらも続ける。


「…た、確かに叶樹さんとは少ししか話したことないし、今だってこんなことに巻き込まれても私と違って全然冷静だし、すごいなって思いますけど……」

「でも…私にはちゃんと彼女が人に見えます。……だから彼女のこと化物って言わないでください。…貴方の何気なく言った一言が誰かを傷付ける場合だって、あるんですよ」

「………ほう」

「………」

「時に次期店主、貴方は化物だと言われて傷付いたことはありますか」

「慣れたわ」

「それはそれは。……慣れるまでに傷付かれたので?」

「忘れた。…そんなことどうでもいいでしょう」

「ど、どうでも……って」

「ふふ……貴方は彼女と違って優しいんですね」

「え…?」

「………」

「…おや、どうかしましたか次期店主。もしかして怒っています?」

「……貴方は私を怒らせるようなことを言ってるつもりなのかしら」

「とんでもない。下手なことをして貴方に嫌われるのはごめんですからね」

「………」




「…あ、あの~……」

「はい」

「…見逃してくれたりは……?」

「まだ話し合いの途中ですので」

「で…すよね……」

「………」

「……成程、記憶を欠けさせてしまったんですね」

「えっ」

「…通りで私に気軽に話しかけられるわけだ」

「?」

「よかったです。話し合いが穏便に済みそうで」

「え、え?」

「……王、彼女にここまでの事情を説明してくれるかしら」

「私より貴方のほうが説明しやすいのでは?」

「……私が下手なこと口に出して思い出りでもしたらどうするつもりよ」

「その場合は……勿論処刑しないといけなくなりますね?」

「ひっ!」

「貴方も穏便に済ませたいのなら今どうすればいいのか、分かるでしょう」

「…仕方ありませんね」


王は短くそう呟くと、目の前に突然ふわりを浮かび上がった椅子に腰を下ろし、片手の鎌を緩く動かす。するとどこからともなくもう2脚の椅子が出てきてそれぞれ私達の横の地面へと止まった。


「立ちっぱなしもなんですし。一度腰を下ろしてから話しませんか」

「え……あっ、はい!」

「………」 







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