「いつも通りの日常は。」・・・2/3

  

作:星喰(hoshikui)


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…私達が座った椅子が、浮かび上がっている。地面が遠くに見えるほど、上に、上に……。 


「しかし説明するとはいえ、何から話しましょうか…」


そんな中、ウツシミの王は手を組んで視線を宙へ彷徨わせていた。


「……んん…、そうですね……。 貴方から聞きたいことを訊ねてもらい、それに答えるような形でもよろしいですか?」

「あ、はい!……あの、それでえっと……全然関係ないことだと思うんですけど……一ついいですか…?」

「どうぞ」

「……こ……これいつまで浮くんでしょう…?」


冷や汗を流しながら私がそう訊ねると、彼は平然とした顔で


「話が終わるまで、でしょうね。……もしかして、高所は苦手ですか?」

「い、いや苦手とかそういう以前の問」

「ならよかった。さ、遠慮なく質問攻めしてくださって構いませんよ」

「……あの……お、落ちませんよね、これ??」

「落ちたいんですか?」

「いえ全っ然!?」

「大丈夫ですよ。もし落ちたとしても彼女が助けてくれるでしょうから、安心してください」

「さ、流石にこの距離は無理があるんじゃないかって思うんですけど……?」

「私は助けないわよ」

「!!?!?」

「おや、残念でしたね…?…では落ちないようにしっかり椅子にしがみ付いていてください」

「……」

(わ、私……生き残れるのかな……)


「じゃあ、あの………聞きたいんですけど、私、ウツシミだったんです、よね…?」

「そうですね。記憶を消すことも役職に就くこともなく、勝手に廻り地上に降りた罪人でもあります」

「っ……な、なんで私がそうしたのか分かりますか…?」

「……残念ながら。いくら私が何億人のウツシミ達を束ねる王だとしても一人一人が抱える問題にまでは気付くことはできません」

「私が一人を注意深く見てしまえば余計にあの世界の混乱を招きますからね」

「…大変ね、貴方も」

「いえ。…この点では現世でもそう変わらないと思いますよ。最高位につく者が誰か一人を気にかけたときに生じる混乱などそちらでもよく起こしてるでしょう?」

「……それもそうね」

「………」

「なので私には貴方がどうしてそうしたのかは分かりません。…ですが、推測を立てることなら出来ます」

「えっ」

「………」

「お、教えてください…!」


私がそう頼むと、彼は人差し指から薬指にかけての三本を立ててこう続けた。


「……貴方が私達の世界における門を潜る際、もう三人いたとの報告を受けています。自分が誰と一緒だったのかは分かりますか?」

「…一人、だけ」

「………、…それならば、その方が一番関わっているのではないかと思います。私達ウツシミは役職でない限り、廻られるウツシミ達を引き合わせないようにしていますから」

「え……それ、どういう…」

「…私達が記憶を消さなければ廻れないというのは貴方もご存じのはず」

「………あ…」

「記憶を失くしていくのに他の方と接点を持ったところでどうするんです。私達は彼らにここに来てまで傷をつけさせるわけにはいかないんですよ」

「…ウツシミの世界は貴方方にとっての"天国"に近い場所でも在るんですから」

「天、国……」

「…ウツシミ同士がずっと一緒にいるようではこちらとしてもすごく困るんです。――私達の世界は"そういう"場所じゃないので」

「そういう…………た、例えば誰かと結婚したりとか…」

「勿論それは廻ってからにしてもらいます」

「廻れば…その相手とまた出逢えるんですか」

「それは分かりません」

「……」

「…役職に就いている方々も、私だって同じです。そういった目的で廻るのを遅らせているのであれば、それは私達における"決まり"を真っ向から破っていることになりますから」

「……そんな…それじゃあ記憶を失うまでずっと一人で……」

「……貴方は、法や決まりがどういった形で作られているのかを知っていますか?」

「え?」

「民衆を纏める、種族間の定義統一……考えてみれれば多種多様に色んな意味はあると思いますが……――結局それらは皆自分や周りの"正しさ"……正義を見極める為に作られているんですよ」

「正義……ですか…?」

「ええ。……その上で、人間として生きてきた貴方に一つ訊ねてもよろしいでしょうか」

「…はい……」

「―――貴方には、私が"生きているように"見えますか」

「………」

「彼女から紹介されたように、私はウツシミの王です。死人を束ねる役目を担ってはいますが私だって彼らと何一つ変わりません」

「…私達がこうして貴方方(人)と対して変わらない姿形で在るのは、生前にあったあらゆる事象を忘れられていないからです」

「辛く苦しい記憶なら尚のこと。…そういったウツシミ達は皆、あの世界の中で永遠に彷徨い続けています」

「それは……」

「……いつかは廻らなければならない私達にとって一番に残せないものがなんだか、ここまで言えばもうお分かりですね?」


「―――思い出、記憶……廻る度に忘れてしまう私達にとって、それはどうすることも出来ない」


「…………」

「…今までずっと、そうしてきたんですか」

「はい」

「……確かに貴方の言う通り、法や決まりを作ったことで 周りの人たちが安定して過ごしやすくなったのは分かります。この街も時代もどんどん変わっていって、人もそういうのに定着して……」

「……でも……でもそれは……寂しくないんですか?」

「…………」

「……………感傷を持ち続ければ余計厄介だと言っているのがまだ分からないの」

「え…っ?」


それまで静かに話を聞くだけだった叶樹さんが急に話に入ってきた。…彼女は私の驚いた様子に構うことなく、冷たい口調でこう続ける。


「頭がお花畑な貴方にも分かるようにハッキリ言うけど、そういった感傷をこの人達の世界に持ち込むなと言っているの」

「それがあったから今回のことだって引き起こされた。…貴方だって自分がウツシミだったことを忘れてるわけじゃないでしょう」

「…っ!」

「死んだ人間達(ウツシミ)が新しい人間として廻るために記憶削除(デリート)は必要なことよ。…"生まれ変わり(廻り)"の意味くらい知ってるわよね」

「――死んだものが,新たな生命を得て再びこの世に姿を変えて生まれること。自己以前に記憶を消さなければ姿も変えられないわ」

「……感情なんてもっての外よ。そこまで未練がましい人に新たな人生を歩め、なんて言えるのかしら貴方は」

「………」

「ふふ。感情を持っていては廻っても苦しいだけでしょうしね」

「っ……」

「…貴方は知っていますか。感情が残れば記憶も引き起こされることを」


「昔、私達の世界を作ったウツシミと呼ばれた死人は何かによって記憶を消されたまま時を経て、姿を変えて現世に廻り行きました」

「けれどその人には廻る以前に消しきれなかったとある感情が残っていた。ほんの僅かだったそれは現世で時と成長を重ねるうちに大きく育っていき、その人の脳や心に着々と変化をもたらしていきます」

「とうとう生前の記憶を思い出してしまったその人は悲しくも辛い生前の記憶に長く苦しんだあと  もう一度死のう決心し、自殺をされました」

「その後、再びウツシミとして過ごしながらその人は私達の記憶を消すこと、また同じ存在同士接点を持たせないようにする"決まり"を作りました」


「それからはウツシミ一人だけだった私達の世界にどんどん死人がやってきては廻るようになりました。…これが私達の世界における唯一にして絶対の"決まり"が作られた当時の話です。ご理解、いただけましたか」

「…………」

「……最初からそれを話せばよかったじゃない…」

「すみません。生きている人間(方)と話すのは久しぶりなもので、つい」


疲れたように息を吐く彼女とは対照的に、彼はとても愉快そうに笑みを深くしていた。


「……あの、ごめんなさい」

「何に対して謝っているの」

「…話を長引かせてしまって……」

「……そうしたのは王よ」

「…………貴方の言い分に関しては普通の反応だとは思う」

「………」

「……けど覚えていて頂戴、貴方の一般常識が別の場所でも通るわけじゃない。不毛な言い合いをする余裕があるなら寄り道せずに聞きたいことだけ聞きなさい」

「…でないとこういう人に良い様に遊ばれるだけよ」

「遊んではいませんよ。人間(ひと)との会話を楽ませてはいただきましたが」

「………」

「ですが今の話で大体の予想はつきましたね?」

「………、私が廻ったのって……」

「今貴方が考えているその人が大きく関わっているんでしょう。細かな理由は分かりませんが」

「………」

「さて、これで疑問は解消されましたか?」


彼の言葉にぼんやりと頭の中に何かが映り込む。それは、


「……あの」

「はい」

「……ここに来る前に……知り合いが……その……倒れてて……」

「………」

「八野由紀也っていう人なんですけど……分かりますか?」

「……………、……すみませんが」

「そう、ですか……」

「その方がなにか」

「えっと……」

「……無事よ」

「え?」

「八野由紀也なら無事よ。安心なさい」

「そう……なんですか……?でもあんなに血が…」

「…どうせ役職の奴らに絡まれたんでしょう。貴方も同じ場所にいたのなら大方間違えたんじゃないの」

「おや……」

「役職持ちは人間に危害を加える存在じゃない。そうよね?」

「はい。もしもの際の対処法ならそれぞれ分かっているはずですから」

「それに貴方がいる場所には"あの人"もいるんだし…ある程度のことならなんとかなるわよ」

「…あの人って」

「話はこれで終わりよ。早く降ろして頂戴」

「貴方はよろしいのですか

 「え……いやあの、まだ――」

「……さっきの私の言葉を忘れたの?」

「…っ」

「王も、これ以上は趣味が悪いわよ」

「…おや、バレてましたか」

「早く降ろしなさい」

「おお、怖い。…分かりました、今降ろします」


ウツシミの王はそう言って私達が座った椅子をゆっくりと地面へと降ろした。何とも言えない空気に黙り込みながら椅子から立ち上がると、叶樹さんは私に短く告げる。 


「…貴方まだ分かってないのね」

「え……?」

「このままあの人と話を続けでもしてみなさい。……会話中に記憶を思い出しでもすれば―――確実にあの人に消されるわよ」

「っ!!」

「彩希が戻ってこない上にこの人と争う気力が残っていないから話を合わせたけど……」

「…これ以上この人に訊ねるのはやめなさい。いいわね」


最後に小声でそう注意され、私は小さく頷いた。


「内緒話ですか?」

「さっきの誘導に関して注意してたところよ」

「誘導、ですか」

「……白々しい。最初から私達を見逃す気なんかなかったでしょうに」

「ふふ」

「えっ……見逃してくれないんですか」

「いえ、見逃しますよ。――…だって貴方は私を忘れているのですから」

「忘れて…?」

「……王」


叶樹さんが低い声音で呼ぶと、王はまた愉快そうに笑みを零した。 …そして出逢ったときのような冷たい瞳で私達を交互に一瞥すると


「それでは、また。次期店主」

「……」


別れの言葉を告げ、椅子ごと私達の前から姿を消してしまった。



「叶樹ーーーー!!!」


その向こうから、千登勢が走ってくる。 遠くから見ても傷はないみたいで私はほっとした。


「あ……千登勢…」

「………」

「大丈夫だった?」

「うん。私も叶樹さんも無事で…」

「……?」

「…早くここから出るわよ」

「あ、うん。…で、叶樹大丈夫?」

「………」


(なんだろう。 何か、噛みあっていないような……)

(普通、千登勢ならこんなときちゃんと答えてくれるはず、だよね…)


「ね、ねえ…千登勢?」

「…?」

「怪我とかしなかった?」

「………」

「………」

「――…あの、誰かと勘違いしてる?」

「え……?」



言われたことの意味が分からなくて、頭が真っ白になっていく。

…………誰かと勘違い?

(なんで、そんなこと……)



『あれ……叶樹、その子』

『いいから何も言わずに願ってなさい』

『あ、うん…』

『?』



「千登勢………うーん、…叶樹は分かる?」

「………」

「…な………に、……言って…」

「知らないわ」

「―――――――――――――っ!」

「そか。…というわけで私達は知らない。ごめんね」








      ……叶樹は、人の感情を消すことが出来るんだよね




    だからね――大好きな叶樹の手で私の叶樹に対する執着心を壊してほしい









 


「…っ!!」


私は先へ進む叶樹さんの肩を掴むと、その綺麗な頬を叩いた。


「っ…」

「なっ……」

「………んで……っ?」

「………」

「………消したんですか」

「………」

「…どうして消したのっ!?」





視界が滲む。





『こーまーちー!おっはよぉぉおおおお!!!!』


『野球やろうず!!』


『せんせ―……もういっそのこと全部答え教えてーー…』


『待って、こまっちゃん。もう少しだから…!』


『こまち……ありがとう……』


『…ごめんね』


その隙間から千登勢との思い出が出てきては涙と共に頬を伝い落ちていく。


「…叶樹、」

「手を出さないで彩希。……この子の言う通り、私はあんたにとって大事なものを壊した。…この仕打ちは(これぐらい)受けて当然なのよ」

「……わたしの…?」


「っ!!」


私の問いに答えない彼女に二発目を食らわす。 白く透き通った頬が赤くなっていくのを見ながら、私は何度も『どうして』と繰り返した。

……だけど叶樹さんは泣きじゃくる私を見つめるだけで、何も答えてはくれない。


「こんなの……っ……こんな……!」

「………」

「…………うぅ…………ひっく……わ、わだ………わたし……いったい…何の為に……ここまで……」

「………」

「……り…よ………――こんなの、あんまりよっ!!」


私は勢いに任せてもう一度手を振りかぶる。

 …けれどその手が彼女の頬に当たるよりも先に…手首を取られた。

……ゆっくりと視線をそこへ向けると、千登勢が、私の知らない真面目な表情で私を見ていて 。


「………」

「…っ……」



『私がどれくらい叶樹に執着してたかなんて教えたところで小町は分かってくれる?』


分からないよ。


『じゃあこれ以上何を知りたいの。…私の口から何を言ってほしい?ここは夢だって、今までのこともおかしな現象だって片付けてほしい?』


全部夢だって片付けてよ。

…私のことを覚えていないなんて、悪い冗談だって、嘘だって言ってよ……。


『だったら早くここから出てってよ!!叶樹じゃないお前なんてここには必要(いら)ないんだっ!!!』


私と、あの日常に帰ろうよ……。





         ………なあに、こまっちゃん





「――…早く、出よう」

「……………」

「私は君を知らないけど……… …でも、これ以上叶樹が傷つくところを見たくないから、やめて」

「………………」


その言葉に……私は両腕から力をなくし…頽れた。

…誰かに忘れられてしまうことがこんなに辛いなんて。


『毎日何か一つくらい殺してないと……自分がどうにかなりそうでさ…』


千登勢は辛かった記憶を忘れたかっただけなのかもしれない。


『だからね――大好きな叶樹の手で私の叶樹に対する執着心を壊してほしい』


…この世界ごと……ここで千登勢に関わったたくさんの人のことまで忘れてしまうことを知っていた上で。


『私がどれくらい叶樹に執着してたかなんて教えたところで小町は分かってくれる?』


理解してもらえない感情(記憶)を、壊すことしか出来なかった。

…私が帰ろうと何度も伝えたことで、結果的に千登勢にこんなことをさせてしまったんだ。

………最初から彼女を責める資格なんてなかったのに、私は……。 


私は……。



「…見つけたぞ!」

「っ!」


低い男の声がこの場に響く。

……心から凍り付けられたような心地のまま顔を上げると、 さっき私達に襲いかかろうとしていた男の人が遠くのほうに見えた。






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