『いつも通りじゃない日常は。』・・・1/5

作:星喰(hoshikui)



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ちょっと、変だなって思う程度だった。

夏休みが終わるその日は毎年嫌になるくらい千登勢に絡まれていたというのに。

今年はそんな彼女から誘われたり、何を言われることも無かった。

平和な一日。夏休みの課題を終わらせて、何もすることがないまま一人ベットの上でくつろぐ。……ああ幸せ。そんな風に平和に過ぎ行く最後の一日を過ごしていたその日の夕方。


「――え、千登勢?」


これまた珍しいことに彼女の母親から電話がかかってきた。

「そう。……小町ちゃん、どこに行ったか知らない?」

「いや……他の子と遊んでるんじゃないんですか?」

「そう、……そうよね。うん、ごめんね小町ちゃん」

「いえ……」

最近ちょっと様子がおかしかったから……でも平気よね。

明日学校でもよろしくしてやってちょうだいね、と彼女はそう言って電話を切った。

……千登勢の様子がおかしいのはいつものこと。

昔馴染みの私はそれが嫌になるほど分かりきっている。


「………」

私は再び受話器を持ち、侑子に電話をかける。

「千登勢ちゃん?………私のところにはいないよ?」

……なんとなく予想していた侑子のところに彼女はいなかった。

一言二言他愛のないことで誤魔化し、私は通話を切る。

「………」

…どうしてか分からないけど、変な胸騒ぎがした。

……だけどこれもいつものことだと自分に言い聞かす。

昔から彼女には余計な心配をかけさせられたものでこういう胸騒ぎとも長い付き合いだった。だから気にすることもない。

そのあと父とバラエティ番組等を見て会話を交わしながら気を紛らわせていたらいつの間にかそんな胸騒ぎも掻き消えてしまった。




………。



「というわけだ。――誰か笹凪千登勢の行方を知っていたら俺に教えてくれ」

「………」


翌日、朝のHRの担任のその一言で忘れていた胸騒ぎが再び戻ってくる。

……それも、大きな衝撃を伴って。

(いなく、…なった……?)

「多分また何かやらかしたんだろー?」

「あの子いつも色んなことして周り騒がすからねー」

そう言って周りは苦笑しだす。

「親御さんも心配してるそうだから、お前ら見つけたらちゃんと知らせろよー」

はーい、と気のない返事が周りで沸きあがった。

それらがすごく遠くに聞こえて、一瞬めまいのような浮遊感が脳内を襲いかかる。

(………い、いつものこと、……だよね?)

『そう、……そうよね。うん、ごめんね小町ちゃん』

「………」



………。



扉の閉まる音が部屋中に低く響き渡る。

「………」

鞄と制服を脱いでそれらをベットの上に放り投げる。

それから箪笥の引き出しの中の着替えを取って身に着けた。

(………)

(おばさん、憔悴しきってたな……)

私は家に帰る前に、隣にある彼女の家を訪ねた。

……あれから一週間経ったが彼女の行方は依然誰も知らないらしい。

本当はおばさんのことも心配だったけれど、いきなり訪ねて余計に心配をかけちゃいけないと思ってた。

……けど一週間も続けばさすがに心配になる。私の記憶じゃ彼女は一日二日行方をくらますことはあっても一週間家に帰らない、なんてことはなかった。

それで親に散々怒られてもいたし、そこで学ばないほど彼女も落ちぶれてはいないだろう。

……けど、今日でもう一週間。一週間も彼女がいなくて、すごく平和だ。

私が求めていた平和な日常が淡々と過ぎる。

きっと彼女が戻ってこなければ私の日常はずっと平和なまま保たれるだろう。


…………。


「………おばさんに心配かけるなよ。馬鹿千登勢」

おばさんのあんな顔を見てしまっては、この状況も喜べない。

いつかは親から巣立っていくとはいえ、こんな風にぱっと消えるようにいなくなれば、彼女も辛いだろう。

それは、千登勢らしいといえば千登勢らしいかもしれない……。

けど自分の都合だけ押し通して母親を悲しませたら……それは、どうなの。


「…………」

私は机の一番下の引き出しに入れていたアルバムを取り出す。

ぱらぱらとページをめくり、それを目で追いかけながら私はある人の写真を探した。

…昔、あんな疲れ切った顔を一度だけ見たことがある。


『幼稚園でもたくさん友達作るんだよ。1人ぼっちにならないでね』



―――その人は華那姉……薬利華那という、私の従姉妹にあたる人だった。



…………。




これは千登勢に会うよりも前の話だ。

まだ小さかった当時の私は保育園で積み木を重ねて遊んでいた。

一緒にやってくれる子が周りにいたかどうかは記憶があやふやすぎて覚えてないけど、どうやら当時の私は特に積み木で遊ぶのが好きだったらしい。母がそう言っていた。

たまに家でテーブルを超えるくらい積み上げようとしたこともあったようだ。


あやふやな子供の頃の記憶の中で、この日のことは少し覚えてる。

ある日普段使ってる積み木がどこにも見当たらなくて私は仕方なく画用紙の上にらくがきを描こうとしていた。

「ちょっといい?」

その声は頭上から響いた。

……それはとても優しげで、でもどこか少しだけ悲しそうに聞こえた。少しだけ茶色がかった肩まである髪の先が、私のおでこにかかる。

「下に何かひいとかないと、床が汚れちゃうからね」

「………」

画用紙を浮かせた下には、たくさんの色が混ざった痕が残っていた。

「……………………」

「これでよし、と。ごめんね、もういい―――」

小さな私は、その下にひいたものをどける。そしてそのまま画用紙の上にさっきの続きを描いた。

「え、あの、ちょっと」

「………」

「小町ちゃん、床が汚れちゃうから」

「……して」

「……?」

「…………どうして、ゆかはちゃいろだけなの?」

「………」

その人は呆然とした顔で私を見る。それは当然のことを聞かれて困っているようにも見えた。

……私が千登勢のことをよく気にかけたのはきっとこのこともあったからだと思う。

――私は周りが単色であるのが…視界を1つの色だけに染め上げるのが小さかった頃はすごく嫌だったらしい。……どうしてかは未だによく分かってないけど。

小さかった私はよく単色を見る度に身体があっちへこっちへ動いたり目を開かずにいたりして……そういった拒否反応を起こすこともあったという。

昔は部屋も、服も、食事も、一色だけには絶対してなかった。写真も、爪の色も……目に映るもの全てを別の色と混ぜ合わせていた。

そうして少し他の色が混じっただけでもすごくホッとしていた。

そんな自分がおかしいことに気付いたのは千登勢に出会う少し前くらいだったから、いくら華那姉が注意して指摘したところで小さな私は全く自分がおかしい点に気付くことも無かった。


結局そうして数分くらい華那姉から注意され続けたあと親が迎えに来てくれて、当然ながら画用紙上の絵は中途半端なままで終わった。


いつも周りの楽しい空気に入らずに一人だった私を当時職場実習中だった華那姉は心配してくれた。制服の上に花のエプロンを身につけた彼女は、小さな私に問いかける。

「他の子とは一緒に遊ばないの?」

「………うん」

「どうしてか、聞いてもいい?」

「………」

「…………、やっぱ、いいよ。言いたくないこと聞いちゃってごめ」

「……ほかのことなかよくしないといけないの?」

「?」

「そうしないと、おねえちゃんはこまるの?」

「………」

そのときの華那姉の顔はどこかぼんやりとしか覚えていない。多分、困っているんだと思ったんだろう。小さな私は私は立ち上がる。

「それならわたししゃべってくる」

「……!」

そう言って近くにいる子のほうへ向かおうとした私の腕を華那姉がぎゅっと掴んできた。振り返った私の視界は真っ白に染め上げられていて、やっぱり彼女の表情は伺えなかった。

「…………大丈夫だよ」

「……?」

「………小町ちゃんは………小町ちゃんのペースでゆっくり他の子と仲良くなればいいんだから。……ごめんね、お姉ちゃん小町ちゃんに無理させようとしてた」

「???」

「……ねえ、小町ちゃん。

 ――幼稚園でもたくさん友達作るんだよ。1人ぼっちにならないでね」

「……うん?」

「よし、じゃあお姉ちゃんとお絵かきしよっか!今日は何描きたい?」

「…おはな」

「そっか。じゃあ………」

「がようし、これ」

「あ、うん。小町ちゃん」

「?」

「緑のクレヨンないから、お姉ちゃんちょっと取りに行ってくるね」

「やだ」

「……?」

「みどりなんていらない」

「…え、だって―――――」



………。




その後のことはどうしてか靄がかっているような感じで、私はあまり覚えてない。

…そしてそれから一年経った頃、彼女は亡くなった。

母に聞くとどうやら線路に飛び込んで事故ったらしい。ホームに戻ろうにも目前に電車が迫っていたようで回避出来ない状況だった、という話だ。

……今私が彼女のことを思い出したのは、多分…今の状況とそのことを少し重ねてしまって

いるからなのかもしれない。

(でも…今日も事故とか、そういうニュースはなかった)

安心するのと同時に今彼女はどうしているんだろうと余計心配になる。

「本当に旅とかに出てたりして…」

…有り得なくもない言葉がつい口から零れる。

だって、今まで散々周りを脅かしてきて、その度笑って謝ったり泣いたり騒いだりするのが――彼女だったから。

もしかしたら明日何でもない顔で学校に来てるのかもしれないしそうじゃなくても家に電話をするのかもしれない。それこそ面倒なことに巻き込まれたからとか、そういうので。


「………」


……無音。

いつも学校から早く帰って自由な時間を過ごそうと思ってたちょうど今くらいの時間に家の外から五月蠅く私を呼びに来るしつこい奴の声が、…………しない。

…それを思うと心にぽっかり穴が空いたような、そんな空虚感を感じてしまう。

(……仕方、ないなあ)

苦笑してしまう。…いつも嫌だ嫌だと思っているのに。

そう分かっているのに、関わってしまうのは自分が甘いからなんだろうか。

(まずは……気になるところ探してみるか)

ふっと、息を吐いてから私は立ち上がった。……行く先は、決まっている。

(行こう)



…………。



橙の隙間にあったあの黄金色がだんだん細くなり、その上から藍と群青の入り混じった夜が迫ってきている。

「………」

子供たちが帰ろうとしてる中、私はベンチに腰かけながらぼんやりとそんな空を眺めていた。

…そうして千登勢がやって来るのを待っていた。

けどあの二つ括りも、明るい声も、黄緑色のパーカーも……どれもまだここに来ない。

(……すぐ、来るわけないか)

そう。きっと彼女はまだ何かに巻き込まれて、それでまだ来れないだけ。

そうだ。だから帰ってきたときには……

……。

(巻き込まれて、って何)

(…私、何考えてるの)

(巻き込まれるなんて、そんな)

「………」

(……本当に、一体どこに行ってんの)

(早く帰ってきてよ)

(私も、皆だって心配してる)

一瞬、またあのころの華那姉の顔が過ぎる。

…あの人もそうだった。朝、出掛けた先の電車で―――

(…違う。千登勢はそんなんじゃない)

そう考えるのとは裏腹に、内心は怖かった。

正直華那姉がいなくなったって知ったとき小さい私でもよく仲良くしてもらってた彼女ともう話せないんだって分かって相当ショック受けたし、結構泣いたりもした。

あれから数年経って、結局私の中には僅かな悲しみしか残らなくなって、周りもあの事故のことをほとんど忘れているようだった。

…もしも、千登勢が私の知らないどこかでいなくなってたりしたら――?

きっと数年くらいは皆悲しんでくれるだろう。あんなに良い子だったのにとか、そういう言葉も自然とぽろぽろ口をついて出てきてくれることだろう。

…けど数年経てば周りも、環境も、何もかもが変わっていく。

…………忘れ去られてしまう。

それが、怖い。

頭の中に強い印象を残していく彼女の姿を忘れていくことが、私は何よりも怖い。

(駄目だ。こうして一人でいると余計な事ばっか考えて……ああもう)

群青の色、周りの暗闇がどんどん濃くなっていく。公園の街灯もぽつぽつと灯りがついていった。

(帰ろう。もうこんなに暗くなってるし…)

重たくなっていく空気や考えを振り切るようにベンチから立ち上がる。そして公園の入り口まで向かおうとしたところで、ふとベンチの向かい側にある大木が横目に入った。

(………)

そういえば、私と千登勢が初めて会話らしい会話を交わしたのはここだった。

桜の薄い花弁が舞う中、千登勢はただ…ぼんやりとした瞳で大木を見つめていた。

思えばあのとき何かをしていたようにも見えたけれど……それを訊ねるよりも先に私は一枚撮ってたんだっけ。

「………」

大木の前に立って見上げてみると……あの頃と違って小さく見えた。

私が成長したからなのか、この大木ももう十数年と立っているから限界がきているのか。…頼りなさげなその木の幹にそっと手を置く。…それだけでぱさぱさと木屑が落ちていった。

「……?」

…置いた掌に少しだけ違和感を感して私は掌をどける。

すると…石か彫刻刀ででも彫ったのか、変に曲がってはいたけれど文字のようなものが彫られていた。

「……ずっと、一緒?」

それはずっと昔に書いたものなのかそれ以上も以下も読みにくくなっている。まるで何か約束でもしたようなその文面に…私は少し前に彼女と交わした会話を思い出した。



『小町はさ、早く卒業したい?』

『そりゃあね』

『なんで?』

『………』



(そういや、あのとき千登勢どっかおかしかったな)

(なんていうか……)

どこか…寂しそうに、私の答えを待っていた。

まるで……約束をすっぽかされたあとみたいな。


――――やくそく。


「…っ」


その単語を繰り返そうとすると…視界が歪み、頭の奥深くに小さく罅が入ったような痛みが走った。

それは目を開けていられるほど軽いものじゃなく、私は片手で額を押さえ、目を閉じる。

ざり、ざり、ざり、と砂利を触ったような音が頭の中に響く。

…頭の奥深くに、一滴水が落ちる。

それは忘れられていた土を湿らせ、底にあったものをゆっくりと浮き上がらせた。



――――くt………そくは…………×××××××


――――どうしてっ!?……ぅして…………


――――………………………………。


湿った土が空中に浮き上がり、渇き、一瞬で砂になる。

途端、底から忘れていたことを思い出させるかのような嵐が一斉に向かってきてそれが頭の中をぐるぐると掻きまわす。


ドクリ。


――――わたしをひとりにしないで。××××


その声と言葉に、心音が1つ、鳴る。


ドクリ。


――――わたしと


周りは何も見えなくて、だけどその声音には聞き覚えがあって。



ドクドクドクドク



――――××××は


心音がどんどん早く、大きくなっていく。

誰かの名前を呼ぶその声音は、どこか静かで。



ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク――――



『ここで、ずっと、一緒にいなきゃ。ずっと、ずっと―――――じゃないと』


けど、それは


――×××、××××××?



…氷よりも冷たくて、聞く度に心にすごく苦しく響き渡った。



「………っ……はっ……!!」



…視界が大木の前へ戻り、ようやく心音がおさまった。

今ので一気に息が苦しくなった気がして、私はぱくぱくと口を開閉させる。

頭が回る。茶と黒が混じり、ぐるぐると視界を回されていく。


(なに……これ、また……なんで、苦しく……っ)


私は息苦しさに大きく息を吸い込んだ。そして


「――――××××××××××××××××××」


するりと、冷たい声音と言葉が口から出てきた。


「………、……え?」



……私、息を吸い込んだだけで何か言おうとしたわけじゃないのに。

だから、これは。


え………なに。

…………なんで、………なんで。


(意味が、分からな)


視界がゆっくりと滲んでいく。

頭が拒否したことを思い出させようと耳鳴りが響く。

そして、一際大きくなったところで。

冷たい、その声音が


『…………』


言葉が


『………分かったよ』


息が

『……………分かった』


言い聞かせるように続けられるその繰り返しが


『………………………××××、私』


「―――っ!!」


心の底に、重く圧し掛かる。

…それはじわじわと押し潰すかのように心の隅から隅まで染み込んでいって。

そうして、再び息を吐き出すのと同時に―――私の意識は、暗闇へと落ちていった。





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