『いつも通りじゃない日常は。』・・・2/5

作:星喰(hoshikui)



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夢を見ている。

そうこれは夢だ。

濃い靄ばかりに囲まれ、遠くばかりを見渡す毎日。

私の視界は全て真緑に染めあげられている。

誰も映り込まない。

誰も映ってはくれない。

私はそのことに酷く安心して、だけど少しだけ寂しかった。

ああ…早く終わらないかと、

私は今か今かとそのときを待っている。

この真緑色の世界で…


―――早く、何もかも忘れてしまうことを。




………。



朝食のパンを一齧りする。

一口食べる度乾いた喉をどうにかしようと

私は横に置かれていたミックスジュースを喉に流し込む。

――いつもの日常。

いってきます。

いってらっしゃい。

そんな挨拶を両親と兄と交わして、私は通学路を歩いていく。

おはよう。

おはよう。

今日は五時限目体育だよ。

やだなー、絶対持久走とかでしょ。

うへぇ……しぬ。絶対死ぬわそれ。

途中で同じく通学中の友達を見つけて一緒に学校へと向かう。

話しているうちに学校につき、靴と上履きを履きかえる。

靴箱を閉じて教室へ向かう。

教室にいる子に挨拶する。机に鞄を置いて、椅子に座る。

HRの前に一時限目が数学だったこと、

そしてこの前数学で課題が出されていたことを思い出した。

ノートの中を見て、課題はちゃんと終わらせてあったことに安心する。

そうしているうちにチャイムが鳴って、数十秒後に先生が教室に入ってくる。

先生が出欠をとりだす。出席番号順に男子から、そして。



――――田中小町。



「…………………」


自分の名前が呼ばれていることを知るのと同時に、私は辛い現実に直面する。


『笹凪』千登勢が―――私より前に呼ばれることを知っているから。


――――田中

どうして。

――――田中ー

どうして。

――――ああなんだいるじゃないか。ちゃんと返事しろよー。

……どうして…

喉の奥がきゅっと締まるように苦しい。

…俯いていたからか、机の上に自分の影が落ちる。

ぽつぽつ、ぽつぽつ。

外から雨音がしだす。そしてそれは数分も経たないうちに大雨に変わっていった。



―――そうしてここ二ヵ月、私は苦い気持ちでその空席を見ていた。




………。



「……小町ちゃん?」

「…え」

「大丈夫…?」

「あ、…ああごめん。……私、またぼーっとしてた?」

「……」

「……ん、やっぱ帰って休んだほうがいいかな」

「うん、そうしたほうがいいよ。あ……よかったらこれもらって」

「何コレ…ティーパック?」

「この間、二蜜堂に寄ったときに月島さんに教えてもらって作ったの。

 ハーブの香りは気分が落ち着くからって」

「………そっか」

(…月島さんにまで心配されてたんだ)

「……ありがとう。あとでゆっくり飲む」

「うん。あ、私用事があるからここで……」

「用事?」

「うん、お母さんにお買い物頼まれちゃってて」

「なら私手伝うよ?暇だし…」

「ううん。1人でも持てる量だから平気だよ。

 …小町ちゃんまたね」

「あ……」

侑子は私の次の言葉を遮るように片手を小さく振って去って行った。

…一人取り残された私は彼女から手渡されたティーパックをそっと鞄の中に入れる。

(………)

(……………勉強しよ)

(………でも、家には今帰りたくない)

帰れば、否応なく見てしまう。彼女の家を。

そして彼女が今に帰って来るんじゃないかと考えてしまう。

……けどまた学校に逆戻りするのも億劫に感じた。

(……そうだ、公園)

あそこなら、大丈夫だろう。

昔から私はあの公園にいるだけで落ち着く気持ちでいられた。

泣き、怒っても、公園につけばすぐにその気持ちがなくなっていく。

少し前まではそれが不思議だったけど、

周りで騒いでた子供たちに気を取られていたからかもしれないと思うと

別に何もおかしくもないような気がした。

だって子供の頃に思ったことなんて今思い返してみても

どれも本当に小さなことでしかなかったから。

今日の朝ご飯に目玉焼きが無かったとか、千登勢に大事な人形を取られたとか…。

そんな在り来たりなことなんて、時間が経てば忘れていくものだし

何より公園で楽しそうに笑ってる子供たちを見てると

こんな小さなことで怒ってる自分がつまらなく思えてきて…。

「………」

だけど平日で夕方の今、この公園には子供は一人もいなかった。

まだ夜の暗闇さえ落ちていないのにそこは静かで、一歩足を踏み入れてみるとまるで空き地に来てるような感覚に陥ってしまう。


「………」


――二ヵ月前、私はここで倒れていたらしい。

色々考えて公園に行ったことまでは覚えているんだけど…それ以降のことは思い出せなかった。

気が付くと私は自室のベットの上で寝ていて……

私が起きるのと同時に一緒に部屋にいた母にすごく泣きつかれ、父に少し叱られ、兄にまで呆れられてしまった。

どうして公園についてからの記憶がないのか、自分でも思い出そうとしたけれどまるでかさぶたでもはがすようにピリピリとした頭痛が響いてくる。

少しすればそれも治まるんだけど、また思い出そうとすればそれ以上の痛みが襲ってくるから、私はあまり考えないようにしていた。

それに千登勢の行方以前にこんなとこで自分が頭痛に悩まされてるんじゃ元も子もない。帰ってきたらぶん殴ろうと思ってるし、せめて体調管理はしっかりしておかないと。

(さ…って、珍しく静かだし勉強集中できるかな)

私は近くにあるベンチに腰かけて、鞄から筆記用具とノートを取り出すとシャーペンの芯を出しつつぱらぱらと今日やるところまで捲っていく。

(ん、今日はこっからか。数ページだしいけそう)



………。




スマホの着信音でハッとなる。

気が付くと周りはすっかり夜の空気が立ちこめていて、私はノートを前にぼーっとしていたようだった。

このスマホは受験に合格したとき買おうと考えていた私に、数週間前母が渡してきたんだ。理由なんて言われなくても分かっていた。―――…この間のことがあるから、だと。


だから私は何も言わずにそれを受け取った。本当は学校に持っていくのは駄目だと分かってたけど、持っていかずに家族に心配をかけてしまっては携帯の意味もなくなりそうで…心の中で若干申し訳なくなりつつも、私は手にした翌日からいつもスマホを鞄の中に入れていた。

家と兄と父と友達の連絡先だけ入れたそのスマホの画面をタップすると画面上に家からの着信を知らせていた。

そして上のほうに表示されている時間を見て、うわ、となる。

(もう8時とか……私、ホント……)

ノートは途中で止まっていた。…考えているうちに色々疲れてしまったのかもしれない。

「はあ……」

ぼーっとし過ぎていることに自分自身で呆れ、思わず息を吐く。それからノートや筆記用具を鞄に仕舞い、ベンチから立った。そのまま公園から出ようとして、

「……」

視界の端にあった桜の木が…数日前まであったその緑葉の全てが散らせていた。

(……ああ、もう冬だもんね、仕方ないか…)

また来年の春になれば桜が満開になってここで花見をしながら受験が辛かったとか話して。

(……そうだ、来年があるんだ。ちゃんと合格しないと)

それこそ千登勢に笑われてしまう。それは嫌だ。

もしかしたら千登勢が逆に駄目になるかもしれないんだし、そのときまでに助けてあげられるくらい勉強して本当にそうなったらまた勉強会でも開くんだ。

侑子や先生をまた巻き込んで、それで―――

「………あれ」

そう明るく考えながら公園の入り口まで来ると普段はあまり通らないその暗い路地の先で小さな光が点滅していた。

(なんだろ……警察でもいるのかな)

本当にそうなら今見つかれば私は間違いなく補導されてしまうだろう。…そう思った私は若干小走りで自宅への道を歩き出した。幸い私の家はここからそんなに離れていない。だから早足で頑張れば見つからずに済むはずだ。






……そう思ってたときが私にもありました。


何故か行く先々でパトカーがよく通ること通ること……見つかりそうになる度段々と暗くなっていく道ばかりを選んで通っているものの、ここあっているかどうか……正直微妙だった。

いや、別に見つかっても大丈夫かもしれない。パトカーに見つからないように隠れつつもよくよく考えてみれば10時までは大丈夫だったような気がする、と思い出して…


でもやっぱり見つかりたくないから私は隠れながら家に向かって…?いた。



その結果。



「地元で迷うとかどんだけよ…私……」

私は地面に手をつき、がっくりとなった。

暗い夜道にスマホのライトをあて、パトカーから逃げ進むこと数十分。

文字通り迷ってしまった。

暗く細い路地ばっか選んでしまったからだろうとはなんとなく分かってたけど……まさか本当に迷うなんて。

本当はこれくらい自分でなんとかなると思ってたけど……こうなってはもう両親に電話を入れて迎えに来てもらうしかない。

とにかく開けた場所に出れば私にもここがどこだか分かるんだけど……。

「……あれ、小町ちゃん?」

「…っ!?」

静かな夜道で後ろから声を掛けられたことに驚き、私は地面から飛び上がった。

「わ、え……あ、ああ…」

そうして後ろを振り返って……その先にある見知った顔に跳ね上がった鼓動が徐々に落ち着きを取り戻した。

「く、が…じょうさん」

「久しぶり……っていうかこんな遅い時間に何やってるの?」

彼…久賀条さんは、私が時折お邪魔する二蜜堂でバイトしている人だ。

二蜜堂は元々は本屋だったけれど、今はその中の一角にカフェが出来て。まあ、彼は本屋のほうでしか会えないんだけど……今年私も受験ということもあってなのか、参考書を買いに行くついでによく話しかけてもらっていた。

「あ……っと…ちょ、ちょっと買い物に」

「そっか。でも夜ももう遅いし……」

「!」

(そうだ……ここで途中まで空けた場所まで送ってもらえれば…っ!)

「あ」

「本当は送ってやりたいところだけど……俺もこれから用事あるから、ごめんね」

「……ぃ、いえ…」

「じゃあね、小町ちゃん。また店にも寄ってってね」

「はい……また…」

そう言って立ち去る彼に私は苦笑しつつ手を振るしかなかった……。

だって、自分から送ってって言うわけにもいかなかったし……言ったら完全に買い物じゃないって怪しまれちゃうし……。

(……あ、でも久賀条さんのあとついていけば開けた場所に…出れるかな……?)


私は彼が去っていた方向を数秒見つめて……ちょっとだけ申し訳なく思いつつもついていくことにした。





少し先を行く彼の背中を見失わないようについていくとようやく清藤駅の近くまで来ることが出来た。

(よ、よかった……これで…)

先を行く彼の背中に向かって手を合わせて心の中で礼を告げると私はスマホを取り出し、母の連絡先をタップした。そうしてほっと一息吐く―――




「きゃあああああああああああああああ…っ!!!」




「っ?!」

…ついた瞬間に彼が行く先とは別のほうから悲鳴が響いてきて、肩がびくついた。

(さ、さっきから……もう……何…?)

振り返って悲鳴のしたほうを見ると……少し先で女性が悲鳴を上げて後ずさっているのが見えた。

地面に何かが倒れているような気がするけど、悲鳴を上げたであろう女性の影で隠れてしまっているのかそれがなんなのか分からない。

(ていうか、これってまた警察が……、…………え?)


女性がどんどん後ずさっていくにつれて隠れていた何かが遠目だけど見えてくる。

…それは見知った人物で、けどそれから出てきたものが、


「せん……………せい…?」


暗色の髪に、横に落ちて割れた眼鏡。

地面に倒れているから顔は見えなかったけど格好だけでもそれが八野先生であることが分かった。

……けど問題はそこだけじゃなくて。…私はある一点を見て息を吞んだ。


(血が、流れ……ううん、あれは………血、じゃない…?)


まるで血だと思わせるそれは――赤色をしていなくて。

緑色の液体のような何かが八野先生が倒れた地面にどんどん広がっていって。


(ぁ………ぇ……?)


私はこれを、どこかで―――


「ぃだ…っ!」


考えようとした途端、急激に頭痛が走って私はその場にうずくまった。

まるで思い出させまいとするかのようにそれは酷く…荷物を詰め込むかのように押し込められて。


「いっ………ぅぅ……っ」


頭を押さえてそれを緩和しようとするも、…びりびりと何かが破れていくような感覚が更に頭痛を酷くしていって止まらない。

頭が焼けるように痛みだし息をするのもだんだん苦しくなる。痛みに耐えきれず、ついに私は地面に倒れ込んでしまった。

ゆっくりと目を開けてみるも目の前がぐらぐらと歪んで、気分を一層悪くさせた。ちかちかと、何かの映像が頭の中で出てきては消えていく。


誰かと、誰か。誰かと、千登勢。誰かと、誰か。誰かと………


(せん、せ……?)


…映りこんだ長髪に、そういえば少し前もこんな風に苦しくなったことがあったと思い出す。



『1つだけ答えてくれ。頷くか首横に振るかだけでいいから』

『……お前はこれから先も笹凪と一緒にいるつもりか?』



先生がいれば、これもどうにかなるんだろうか。

(でも、もう……)

朦朧としていく意識に抗うことも出来ず……私は次第に暗くなっていくそれに身を任せた。



―――っ、…だ、大丈夫ですか!?



…幼い少年の心配そうな声が聞こえる。



―――これは……拒絶反応…?って、ことは……



…だんだんと声が遠のく。



―――貴方はまさか……っ!!



そこで私の意識は途切れた。




………。



水の、ひんやりとした冷たい感触が額にのせられている。

……冷たい。けど、なんだかそれが心地いい。

けど、まだ熱い。まるで焼かれているように。

熱い。

………。

「………」

喉が、心臓が、酸素を求めだす。

ああ、早くこの中に空気を送り込まなければ。そう急くように動き出す。

どくりどくりと鳴り響く鼓動の中で……小さく刺されたような痛みが走った。

痛い。熱い。痛い。熱い。

……苦しい。



………。



『どこで怪我したの』


幼い女の子の声が聞こえる。


『………』


姿が見えないから、誰なのかはわからない。


『………、…見せて』


けどどこか――――暖かくて、すごく懐かく感じた。




『いたっ』

『怪我したんだから痛いのは当たり前。これに懲りたらもう危ないことはやめるんだね』

『それは無理』

『………だったらせめて自分で消毒して。私だっていつも怪我の手当てが出来るわけじゃないんだから』

『えー』

『………』

『そういえば××ってあまり怪我しないよね』

『そりゃ、あんたと違って私はそこまで危ないことに手を突っ込んだりしないからね』

『不思議だよね、××のほうが私よりも危なさそうなのに』

『……それは』

『あ、ごめん間違えた。危ないことに手を突っ込む、だったっけ。それ』

『……私は…、私はここに来たときからずっとそうなる運命なんだから。仕方ない」

『………』

『でも極力怪我はしない方向に持ってってるし、あんたよりかは安全第一よ』

『…わ、そこに戻っちゃう?……っていたた!××!もう少し優しくしてー』

『それは無理』

『なん……っ、ぃ……つぁ…っ!』

『この痛さを覚えればもう二度と怪我したくなくなるでしょう。あんたは覚え込まさせないとどんどん怪我していくだろうし』

『そんなー私Mじゃないもんー』

『どっからどうみてもMにしか見えないから安心して』

『ひっどーいーー!』

『……』



その小さな苦笑につられたのか、怪我をした子も笑い声をあげる。

…だんだん声が遠くなっていく。


痛い。

苦しい。


…それは、大事な思い出だったはずなのに。


痛い。

痛い。


…………胸が痛くて、苦しい。




………。




「……ぅ………っ…?」

ゆっくり、光が目に入ってくる。

重たい瞼を押し上げるように開くと…そこは知らない場所だった。

天井の赤と黒がハッキリと視界に映り込んできて、私は瞬きを繰り返す。

そして身体全体が包まれているようなふかふかな感触にどうやら私は寝かされているのだと気付いた。


「………」

(どこ、ここ)

身体を起こすのも声を出すのも酷く億劫に感じた。…全身鉛のような気分ですごくだるくて……また目を閉じそうになる。

視界がゆらゆらとしていた。波のように右へ左へ回っていくから殊更気分が悪くなってきて。

(吐きそう……)

…なんか本当にもう……今にも吐いてしまいそうだった。


そのとき、部屋のドアでも開いたのかガチャリという音と共に誰かが入ってきた。

「あ、起きてた」

聞き慣れた声に再び目蓋をこじ開けると、そこにはいつもと変わらず眠たげな冠奈川先生の姿があった。

「せん……せぃ………うっ…」

声を出すのと同時に吐き気が喉元までせり上がってきて、さっと口元を押さえた。

「…これ使うか」

そう言って先生は四角い箱とビニールの袋、それからタオルを手渡してきた。

起き上がればすぐに吐いてしまいそうで、私は腕だけを動かしてそれを掴むと姿勢を横にして一気に吐き出した。



「……」




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