『いつも通りじゃない日常は。』・・・3/5

作:星喰(hoshikui)



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「あの、ありがとうございました…」

一時間くらい経って、ようやく吐き気も落ち着いてきた。

私が真新しいタオルで口元を押さえながら先生にお礼を言うと、

「いや……それよりもお前に会いたいってやつがいるから、通すけど。いいな?」

「…え?」

「入ってこい」

先生は私の返事を聞かずに扉の向こうへ声を掛けた。

少しして、中学生くらいの男の子が部屋に入ってくる。目深に帽子を被っている所為か顔が見えないけれど、セーラー服を着てるから多分女の子なんだろうと思った。

「…はじめまして」

若干声が低めなのには驚いたけど…。でもまあ、こういう子もいるよね。

「え、えっと……はじめ、まして?」

その子に挨拶を返しながら先生が部屋の外へ出ていこうとするから呼び止めたけど、先生はそのまま部屋から出て行ってしまった。

(………)

再びその子のほうに向きなおると、その子も私のほうに向きすぐに口を開いた。

「あの、貴方に、どうしてもお願いしたいことがあってきました」

「お願い…?」

(なんだろう。私は中学生に何かした覚えはないんだけど……あ…)

「もしかして、千登勢のこと……っ?」

私は期待半分でそう切り返すけれど、その子は首を横に振った。

「千登勢……それは貴方の友人なんですか?」

「……そうだよ。…もしかして清藤の子じゃないの?」

「はい。僕は秋涼(しゅうりょう)市で……」

「秋涼…!?それ、ここから5駅もいったところじゃん…っ!!」

秋涼市と清藤市の行き来には車でも一時間半くらいかかる。視界の端に捉えた窓の向こうはもう真っ暗で、多分終電もない時間なんだろう。きっと親はすごく心配してるに違いない。

「お願いなら後でも聞くし、親御さんも心配するだろうから早く帰ったほうがいいよ」

けれど、その子は寂しそうな表情で首を横に振った。


「…僕は、僕には、助けなくちゃいけない人がいるんです」

「助けなくちゃ、って……もしかして誰か事故にでも」

そう言った途端、気を失う前の光景が思い出して…また吐き気が込み上げてきた。

けどぎりぎりのところでそれを留めてから、私はその子に話の続きを促す。

「……貴方に、僕の大切な人の友達を助けてほしいんです」

「…友、達?」

「はい。あの人の娘で"ウツシミ"であった貴方に、お願いしたいんです」

「……"ウツシミ"、って」



『……にしてもここにはもう一人ウツシミがいたのか。面倒じゃな』

『…お前は今"とある人間の繰り返しの中におる"』

『…いやいい、聞いた我も馬鹿じゃった。……"ウツシミ"は自分の状態をちゃんと認識できないよう"出来て"いることを忘れておったわ』



その単語を聞いた瞬間、あかが言っていたことを思い出した。

(そういえば、"ウツシミ"って……あれ、一体どういう……)

私がその単語を復唱するとその子は少し驚いた顔をした。


「…もしかして、あの人からまだ話を聞いていないんですか?」

「あの人?」

「……あ……えっと、」

言い辛いのか、その子は目深に被った帽子に触れながらごめんなさいと謝ってくる。

「あの人、のことは気にしないでもらえると……。僕の口からは、説明は出来ないので…」

「なんで…?」

「……それは……貴方が、"ウツシミ"がどういうものかを思い出していただければ、きっといずれ分かると思います」

(まただ。また、"ウツシミ"…)

「ねえ、それってなんなの。ウツシミって一体」

「そう、ですね。……信じられない話なんですけど、聴いてもらえ」

そこで言葉を区切るとその子は俯いた。


「…いいえ、貴方には、知る権利がある。本来ならあの人が説明すべきでしょうが……時間もあまりないので僕が説明させていただきます」


その子は近くにあった椅子に座ると、一度ふうと息を吐いてから話だした。




「貴方は、"ウツシミ"のことをどこまで知ってますか?」

「……どこまで、って言われても……なんか、夏に先生の親戚の子に変な話聞かされただけで、…なんか拒絶反応、とか……」

「そうですか。なら最初から話す必要がありますね」

「………」



「命を失い、空の向こうにある世界で次の廻りを待つ存在――それがウツシミです」



「え」

命、って……。

「待って、私生きて」

「でも貴方は一度命を失ったウツシミでした。そして次の廻りを待っていた」

「……」

「…ごめんなさい。話を途中で切ると、ややこしくなるので…まずは話させてください」

私は口を一旦閉じ、その子の話を黙って聞くことにした。



「いつそういう存在が生まれたのかは僕には分かりません。人という種が生まれたときからなのかもしれないし、そうでないかもしれない。


 その"ウツシミ"は生を終えた命が次の廻り……生まれ変わり、とでもいったほうがいいでしょうか。それを待つ存在として生まれました。


 幽霊のような身体を持ってしまった僕達はそこで生前の記憶を全て失くさないといけません。記憶を維持している状態で次の廻りへ向かうことはその世界じゃ禁止されているので…。


 次の廻りに向かう際、地上で悪影響を及ぼしかねないというのが1つの理由です。

 例えば犯罪まがいのことで命を失った"ウツシミ"が記憶を維持した状態で次の廻りに向かった場合……その人間は以前よりもっと酷い形で犯罪を行う可能性があります。


 それ以外にも色々ありますが……どういうケースにしろ"ウツシミ"のことを地上で話されたら僕らがいる世界に悪影響が出ます。僕らの世界のことが知られてしまったら、今日亡くなる人が2人だったのが、4人、10人、50人と増えるかもしれないから。


 そうなってしまえば"ウツシミ"がいる世界とこの地上との均衡があっさりと壊れるでしょう。だから"ウツシミ"は生前の記憶を失くすまで次の廻りに向かうことは許されていないんです。


 …ですが"ウツシミ"は必ずしも次の廻りに向かう人ばかりじゃないんです。中にはその世界で"ウツシミ"の記憶維持状態を監視したり生活している人に配達をする仕事もあるんです。

 ここほどじゃないですが…色んな役職を持った人がいて、……あ、僕もそうです。そういった役職を持った人たちは記憶を維持できてこうして地上に来ることもできるんです。


 …さっきも言いましたし流れでもうお分かりかと思いますが、勿論、役職を持たない人たちは次の廻りに向かうまで地上へ行くことは許されていません。

 理由に関してはさっき言ったのと同じです。そして役職を持った僕らも仕事以外で必要以上に地上に関わることは許されていません。 


 …僕の役職は『郵便屋』なんです。別名で『配達屋』とも呼ばれていますが……その名前の通り、この地上にあったものを……ええと、……"ウツシミ"の人の中には他人に見られたくないものが地上に残されていたりするので…そういったものを回収して彼らに届けるのが僕の仕事です。

 犯罪に使ったものや、危険物のようなものはさすがにあの世界に持ち込めませんが…」



そこまで説明し終えると、その子はふうと一息ついた。たくさん喋りすぎて疲れたんだろうか。


「あの、さ……ちょっと聞いてもいい?」


大方の説明は終えたのでどうぞ、とその子は私の言葉の続きを促す。


「"ウツシミ"が、幽霊みたいなものだってことは分かったよ。けど、さっきも言ったけど私生きてるし……

 次の廻りとか、前の、とかなんだか知らないけど、生きてるんならそういうのじゃないと思うんだけど」

「……いいえ、貴方は…」


その子は言い辛そうに言葉を途切れさせたけれど…すぐに私の目を見据えるとこう続けた。




「―――貴方は、記憶を失う前に廻った"ウツシミ"だから。

 ……だから、いずれ僕らのような役職を持った"ウツシミ"が貴方を連れ戻しに来るはずです」



「……え?」


「こんな、覚えはありませんか?…時々自分の意志とは関係なしに身体が言うことを聞かなくなったり」


((……何してるんだろう))


あのときも、そうだった。遅刻しそうだったのに、足が勝手に…。


『――ウツ…ミ…o.7…28…4…、不具合が起こりましたのでこれより対処法を行います』

『…!』


それに、あのときも自傷行為を……。


「それと同時にどこか苦しくなったり、見覚えのない光景が頭の中に浮かんできたり」


『ウツ…ミ…o.7…28…4…――――』

『…ぅっ……』


何していたのか思い出そうとして、頭痛もしたし、色んな夢もみるようになった。




「――それらは全て、貴方が記憶を奥底に残したままの状態で廻っていたからなんです」



…それが、私の記憶?

「……私……知らない…」

「………」

「そ、そんなの知らないよ…」

心が震える。違うと、違うと何かを拒絶するかのようにそれを隅へ、底へと追いやる。


「…本当に、何も、分からないんですか?」

けど、その子は悲しそうな表情で私にそう問いかける。


やめて、そう頭が警告を続ける。

……やめて、それを知ってしまったら、私は。

「……そ、れよりお願いって、なんなの」

「………」

「ねえ」

私の質問に、その子は俯いて手をぎゅっと握りしめていた。


「――……貴方が自身を認めてくれないと、僕のお願いは貴方に伝えられないんです」


そう言うと大きな鞄の中から一冊の本を取り出して、私に手渡した。それは真白な表紙で、触ってみるとどこか懐かしい感じがする。

「……なに、これ」

「……本来なら、これを今の状態の貴方に差し出すべきものではないんですが……」

その子は本を渡すと、椅子から降り……土下座の姿勢をとった。

「…お願いします。どうか、認めてください。そして、僕のお願いを聞いてください」

「………」


その…今にも泣きそうで真剣な声音に私はその子を止めることも何かを言葉をかけることも出来なかった。


――私の手には、真白な本。


……これを読めば、また何か思うことが増えるのかもしれない。

だったらやめるべきだとそう思った。

(けど……)

目の前でこんなに必死に頼み込んでくるその子の姿を見続けるのも心苦しかった。

(だめだな、私……)

確かに最近色々あったからとはいえ、暗い方向に考えがちだ。

そうだ。もしかしたら今まであったことが全てなんでもないことだと思えるのかもしれないし。

せめて明るく考えないと。読む前から暗くなっちゃ駄目だ。


「……分かった。読むから……お願い、椅子に座ってて」

「………」


顔を上げたその子の表情がどこか辛そうに見える。


「…ごめんなさい。……ありがとう」


ゆっくり椅子に腰かけると、その子は俯きながらそう言った。

「………」

…どうして、とは聞けなかった。聞けば読む気力さえ奪われそうな気がしたから。

私は一呼吸つくと、本を開ける。

懐かしい色彩が目の前に広がり様々な色が飛び交うこの中で、文がひらがななことだけが浮いていた。それだけで絵本なんだなと気付く。私はぱらぱらとページをめくる。

一つ一つの文字が頭に入ってきて――――



………。



気が付けば私は、泣いていた。

自分がどういう存在なのかを思い出して、涙が止まらなかった。


「………ごめんなさい」


そんな私にその子は短くそう告げて、静かに部屋から出て行った。





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